熱中時間 NEKO美術館発
わたしの その時間は一日で終わることもあれば 何年も続くときもある。
絵を描くこと 物をつくることなど。
しかし それには まずとびつく。けっこう勢いはあると思う。
これは 死ぬまでつづくだろうと 本気で思う。
いまでも このやっていることは ライフワークの最終章で
死ぬまで つづくと思っている。
それでも いままでのことからすると わかったものではない。
ただ 思いついて とびついて 死ぬまでやるという情熱は
とても 大切に思っている。
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こどもを描いたスケッチは こうして何枚もある。
「みつけた そこよそこ!」と記者かなんかのように 面白い所にとびついた。
「さぞかし 子育てに熱心だったんでしょうね」そういわれると ちがうような気がする。 うまい子育てができたなどとは 言いづらい。 別なのだ。
「こいつは描きたいだけなんですよ」そう夫せいが人にいったことがある。
そのわりには 5人というこどもの数は多い。
「いくらいてもこどもはかわいいもんですよ」そうわたしにいった人は 確か10人の子持ちだったと思う。(本に書いたのに 忘れてる)
「ほんま こどもちゅうのは 苦労ですなぁ」私はいつまでもいっている。
それでも こどもを描くうえで スクープ記事は(スクープってなに?)取り逃がさなかった。
NEKO美術館発 1986