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クレー

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コレクション 瀧口修造著 1991の続きです。

クレー

ベルン時代の多くの作品に見られる原始的な象形文字に似た単純な線形態を一種の装飾化と見る人もあるが、クレーの芸術はむしろ発展のエポックを辿ったと見るべきで、暗示の芸術の極致をまさぐろうとしたクレーのさいごの筆跡でもあろう。しかし晩年になって好んで天使と悪魔とを描いている。最後の作品は無題無署名の静物であるが、その黒いバックに十字架を持った天使が描かれている。これらの天使や悪魔たちは余りにも人間的なカリカチュールのように、悲しみとも怒りとも知れぬ不可解な表情でクレーの死を見守っているのではなかろうか。
 1940年5月10日、クレーはロカルノ近郊のオルソリナの療養所に入った。しかしさらに容態が悪化したためムラルトのサント・アグネーゼ病院に移り、そこで6月29日午前7時半に永眠した。7月1日ルガノで荼毘に付せられ、4日にベルンで告別式が行われた。遺骨は1942年9月ショスハルデン墓地に葬られ、質素な石に日記からの一章が刻まれた。
 「私は純粋に地上の言葉では理解されないであろう。なぜなら私は死者やまだ生まれぬものとの間に生きているからである。創造の真髄につねよりもやや近づいたようである。しかしまだ十分に近いとはいえない。」

1940年1月にクレーはスイスの市民権回復を申請したが、死には間に合わなかった。妻リリーは1946年9月にクレーの後を追った。

附記

この一文の動機となり典拠となったのは、待望されていたウィル・グローマンの労作『パウル・クレー』の刊行であった。クレーについて書いた他の5篇の拙文は『画家の沈黙の部分』(1969、みすず書房刊)に収めてあるので参照していただければ幸いである。

***

この「コレクション 瀧口修造」幻想画家論で最初にクレーを読んでみようと思ったのは
クレーのことを読んでみて 少し理解できたら 次の画家を読むことが出来ると思ったからでした。1991年の本なのに 読みにくい 1991年の本だから読みにくい どっちなのかわかりませんが わたしにはどっかむずかしかったようです。
クレーは日記にこうかいてあったそうですね 「私は純粋に地上の言葉では理解されないであろう。なぜなら私は死者やまだ生まれぬものとのあいだに生きているからである。創造の真髄につねよりもやや近づいたようである。しかしまだ十分に近いとはいえない」
おいおいきみは人間ではなく宇宙人かい? などと冗談を飛ばしてもみたくもなるのですが でも 羽根をつけたむかしからのどの名画より わたしには クレーの天使が不可思議である故 いるとしたら 「これだ!」と思うのです。独り言です 気にしないでください(笑)

さいならさいなら クレーともきょうでおわかれです



《 2015.12.11 Fri  _  1ぺーじ 》