『印象派時代』福島繁太郎著 光文社 昭和18年の続きです。
第九章 ゴーグ
ヴァン・ゴーグ(1853−1890)
ヴァン・ゴーグはオランダの北ブラバント州の小寒村に新教牧師の長男として生まれた。少年時代から孤独な性質で、兄弟達と共に遊ぶことなどは少なく、ひとり野原に昆虫や植物を採集に行くのが好きであった。絵画を好んだとか、特に秀でていたとかいうことは伝えられていない。
学校をおえて美術商グービル商会の雇人となった。ハーグ、ブルッセルの支店を経てパリ本店詰めとなったがどうも客受けが悪く、ロンドン支店に移された。彼のややバランスのとれない一本気な性質がそろそろきざし始めたものらしい。ロンドン支店に移って間もなく主任と大衝突をした。「商売は射利である(手段を選ばず利益をむさぼること)、射利は體(てい)のいい窃盗である」といい放って店を辞めてしまった。1876年4月、彼は23歳になっていた。素朴な人道的社会主義にこり固まった彼は、もはや商売などしていられなかった。英国で教師兼収入役となったが、貧乏な家庭の子弟からの月謝をどしどしまけたので首になってしまった。
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ゴーグ わたしたちはヴァン・ゴッホといっていますが この本ではゴーグですね。
ひとり野原に昆虫や植物を採集に行くような子どもだったんですね。
子どもの時から 絵が好きだとか 才能がありそうでもなかったと。それでもゴッホの親戚筋には 美術商がいたんですね。お父さんは 新教(これはなんでしたっけ?)牧師。
「商売は射利である、射利は體のいい窃盗である」
そういい放って グービル商会イギリス店を辞めてしまいます。素朴な人道的社会主義にこり固まった彼と。昭和18年に出版されたこの本は 人道的社会主義という言葉を使っていますが 今でも こういういいかたをするのかな?わたしはかなり昔の本を選んでしまいましたが。
ゴッホは 少なくとも グービル商会からは 嫌がられていたんや。(急に大阪弁になってきたぞ)イギリスで私立学校の教師兼収入役になるも(けっこう 仕事がまわってきますね)また貧乏な家庭の子の月謝をどしどしまけたので 首になる。
はらはらしますね。
さいならさいなら