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おたより

Fさんからのおたよりです。

おげんきそうですね。
「ねこ」の言葉遊びはほとんど忘れていましたね。もちろん、もう一回なんて言えません。

 ところでですね、日曜美術館の「まど・みちおの秘密の絵」というタイトルのNHK日曜美術館の録画を見ました。ビデオで撮りためておいたものです。
いやあ、面白かったな。私は以前、彼の絵の数枚をみたことがあるのですが、それは幾何学的な感じで今ひとつピンとこなかった。でもこの番組でやったものは、どれもとっても迫って来る絵だった。絵の解説を聞くのはあまり好きではないのですが、今回の解説は谷川俊太郎で、彼はこういうときとても頷ける、冴えたことを言う。それにまどみちおの詩と絵のことをいっていたので興味が持てました。実に楽しかったし、勉強になりました。
 谷川俊太郎さん曰く「まどさんてなあ あのお 詩でも絵でも自分と宇宙が直接むかいあっている人だから あいだに人間社会ないのね だから人間を感じさせないでああいう言葉も出てくるし 絵もでてくるんだと思うんですよね。あの本当に無時間的な絵ね、うん、絵描いてて成熟したとか上手くなったとか一切なくて その時々の瞬間的な感動で描いてますよね。絵を描くことで解放されていたんですよ、注文された詩は、マンネリズムにになっていたんですよ、おそらく....」と言い、「まどさんの詩は氷山の一角だと思う。海に沈んでいる部分がものすごくあって、絵は隠れた部分、海に沈んでいる部分。彼の絵を見ると怖いですね。....蓮って泥の中からあんなにきれいな花が咲くでしょ、まどさんの詩は蓮の花、そうだと思う。怖いような汚いような土壌からあんなきれいな花....」「絵の画面を全部埋めている絵が多いのは不安だったからかなあ...自分を救うために描いていますよね」「まどさんて、ほとんど視覚が大事で聴覚は何枚か無関心。だから団 伊玖磨が作曲してくれたことも大きいのに、そのことに言及したことはない。童謡もまず詩であることにこだわっている」などなど。
書ききれません。
「自分と宇宙が直接向かい合っている人だから、あいだに社会がないのね」という言葉がしっくりきました。そうか、そういうことだったのか。谷川俊太郎さんは、根っこが自分と似ていると言ってました。俊太郎さんの処女詩集(なぜ童貞詩集と言わないのだろう、小さいことが気になる私です)、「20億光年の孤独」の頃から、そういえば谷川さんもずっとそういうところがあったなと思いました。
「社会」が入っていないことが悪いことだとは思いません。むしろ詩が詩だけで自立しやすいし、日頃感じないことをハッと思い出させてくれます。
絵でもそうだと思います。そして絵のほうが自由かもしれない。言葉は日頃、人にものを伝えるためだけの道具におとしめられていることが多いし、読む人もそのことにとらわれてしまっていることが多い気がする。「詩を書くとき、言葉が邪魔になることがけっこうあります」とは俊太郎さんが言っていたことですが、共感します。

 のりこさんの絵や詩や詩みたいなものも、相当に自由さを感じるのは、そして生臭くないものが多いのは上記で俊太郎さんがまどさんや自分のことを言っていることと、多少関係してるのかな、と連想は進んでいきます。のりこさんは、その自由さをどこで獲得したのかな。

 のりこさんの詩集「マリ ウ・テュ」のなかで特に好きな詩のひとつ

風景

丘のみかんの木が
ソロリ ソロリ
海へ入っていく
そして
また ソロリ ソロリ
海から上がってくる

など、宇宙との対話という言い方で言うのはやめておきますが、すてきな自由さがあります。思いもつかない情景が浮かび、ゾクゾクします。
 
 社会があいだにない詩もいいし、もちろん社会が入ってくる詩もいいものがあるし、人は書きたくなるものだという前提での話でした。

つらつらと、だらだらと書いてしまいました。

***

「人は書きたく 描きたくなるものだ」
Fさん おたよりありがとうございます。
3時過ぎに池田の山の方に夫と行ってきました。ほんの一年ほど前に行った 寂しげな山里ですが さらに寂しくなっていましたよ。一軒だけなんでもやさんがあって たばこの看板があったりしてたんですが そこもだれかまだいるのかなあ。 そこにお寺がありまして 銀杏の実がいっぱいおちていました。住職さんらしき人が掃除をしてて こういうところに来ると ふすま絵のなかの山水画みたいです。 夫はこういう山の中をさして怖いとは感じないようで わたしは逆に とっても怖いと感じます。 夫は大阪の下町育ちで 夕方には路地で子どもらが遊んでいるような賑やかなところで育ちました。わたしは夕方になると 道も薄暗くて 家の明かりも奥まって見えるような田舎でした。
なんの話でしたっけ?

まどみちおさんは 宇宙と直接向かい合っていたの? そんなところって わたしは なんだか ひろすぎておおきすぎてこわいなあ。 だってこどものころ お手洗いに行くのさえ怖かったんですからね。 どこやかしこに 暗くて怖いところがあって それが田舎でしたが 夜空を見上げると 空に舞い上がってすいこまれそうでした。でこれも怖かったな。こわいものずくしだと うちのなかのこたつとか 究極の安心できる場所となります。

また横道にそれました。Fさん「自由」はなかなかありませんよ。自由にたどりつきたいという思いはあっても。だからいつも描く時も 書くときも そんな方向ををむいて さがします。それは安心できるこたつのような場所かもしれませんね。
で、力をぬくことも けっこう自由のにおいがします。そうじゃないですか?
でも水面下の(まどさんのまねをして)わたしは ごりごりのがちがちのこわがりだったりします。

人前で 読書の感想をいってみようとすると なにもないので 口ごもります(笑)これ本当なんです。絵とか文なら おまえかけるのに どうして しゃべると しょうもないことしかいわれへんのや と夫にも言われます。たしかに

ずっと 毎日やってきたことだけ たまに 面白いこと表現できてるんでしょうね。

では はいちゃ あちゃことばんじゅんの 兵隊の話 なんて映画でしたかね 


《 2015.10.14 Wed  _  おたより 》