みをぎさんからのおたよりです。2014年です。
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外国から来たお人形
人形も可愛らしいけど、そこにいる人は、まるでジャン・コクトーが少し太ってるみたいな人で、これは何か物語があるんだなーと思うわけです。描く人は全然意識してないみたいなんですけれど文学性を感じるわけなんですよ。
初めから文学性を目指すのは、したくないって岸田劉生も高村光太郎も言っているけれど、見る人は自分の経験や前に出会ったことなどから、そこに文学性を見つけるのです。私は理屈っぽいわけなんですね。
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みをぎさん2014年のおたよりなつかしく拝見しました。
「見る側の人の文学性」この言葉で自分の絵がぐんと光りました。
私はこの「抱き人形」と「外国のおばあさん」を定番のように 描こうとします。
「月の砂漠」と「らくだ」もそうです。
遠い場所に あこがれを子供の時に持ち始めたのかなあ。 お話でしか出会えないような。「遠くとかあこがれ」は 日本のものじゃあ 私にやってこなかったんでしょうね。
そのうち 自分の中で部屋をつくりそこに 「そっといる世界」になってしまいました。
「ジャン・コクトーおばあさん」なんて話が出てきたりして いいですねえ。
そのうち この「ジャン・コクトーおばあさん」は「ぺら本」にしようかな。
ところで 2015年3月のみをぎさんは お元気なんでしょうか。春になって 庭仕事が忙しいですか? こちらは 木には芽が出ているだけで ふきのとうが一つ 「早起きしすぎたかな」ととまどっているような。 こんなときに去年の枯れ草などをとっておかなくては。 これから草たちが「にょきにょき」と音がするくらい伸びるのです。
おたよりおまちしてます