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『ピカソとその周辺』フェルナンド・オリヴィエ  佐藤義詮訳の続きです。
この文面の後 文章が続きます。


着物が石膏で汚れていたので、着替えに帰るところだったから、それを口実にお目通りを早々に切り上げようとしたところが、マックス・ジャコブが私に言った、「でも、どうしてですか?汚れは日向じゃ見えはしませんよ。」
 ピカソが彼を紹介してくれた時、仰々しい鼻眼鏡の硝子の下に、奇妙な、鋭く刺すような目つきをし、自惚の強そうな顔つきの、この落着きのない小男が帽子を片手にひどく頭の低い挨拶をするのを、私はちょっと驚いて見守った。
 もう頭は禿げあがり、視線をすぐそらせ、顔色はいささか色ばんで、口は小さく、才気走って、意地悪くさえも見える、奇麗な曲線を描いている、要するに美しい目鼻立ちである。肩幅の狭い釣り合いのとれない胴体の上に、恐らくかなりしっかりした頭が載っている。殊に新しすぎる服の仕立て方のせいで、どこかしら田舎くさい様子をしていた。
 彼の全身から、言うにいわれない一種の不安な感じが発散していた。しかし、とりわけ目を引くものは、あの聡明そうな、個性的な顔だった。
 かれはいつも女性たちを恐がっていた。面と向かえば無作法を装っていたが、実は怖じ気づいていたのだ。彼は女性というものを魔もののように考えていた。きっと、彼の最初の経験が彼を永久に女嫌いにさせたのだろう。しかし、後に相当有名な漫画漫文家の細君になった、彼にはかけがえのないセシールの話をマックスがするのを、みなさんはお聞きにならなかっただろうか?
 マックス・ジャコブはいつも自分が虐められて(いじめられているように)、殊に彼の友人たちの細君連から、彼に最も好意をもっていた婦人たちからさえも、虐められているように思っていた。彼が誰か女の人と議論を始めると、実に露骨な悪意を示すものだから、とんでもないことになることがたびたびあった。すると彼はしばらくの間姿を消してしまうのだった。
 けれども、彼がいないと人々は退屈してしまって、ラヴィニャン街の彼の隠家に狩り出しに行ったものだ。彼はいろいろと頼まれてからでないと、御輿をあげなかった。しかし、私たちは彼をどう扱えばいいかを知っていたので、彼が帰ってくると、いつも大喜びでお祝いをしたものだ。彼はその機智、その目まぐるしいばかりの生気、その幻想的な話術の特異な魅力で、私たちに楽しく、時の経つのを忘れさせた。彼の想像力の独創性が、彼のあらゆる物語、あらゆる行為に特殊な風格を添えていた。そういう時は、彼特有の才気にあふれた強い魅惑が、彼の全身から発散するのだった。

***

マックス・ジャコブ、この人は面白そうな人ですねえ。女に虐められてるようにいつも思ってるんですね。この人のことをオリヴィエはこの人のことを沢山書いていますが それが褒めているのか こまっているのかわからないんですよね。とにかくマックス・ジャコブのこと どんな絵をかいていたのか 見てみたいと思いましたよ。ここに彼の自画像がありますが。 「印象派」のところでみてみると ルノアール、キスリング、セザンヌ、モジリアーニが出てきました。後は そうか パソコンでしらべればいいんだな。
セシールのことだって、これはこの本ならでは。その機智、その目まぐるしいばかりの生気、その幻想的な話術の特異な魅力、そんなものがこの時にあり、まわりがそれを聞きたがったというのが いいですよね。

さいならさいなら

《 2015.03.28 Sat  _  ちまたの芸術論 》