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『印象派時代』福島繁太郎著です。発行所は 石原求龍堂です。
この本は昭和十八年に出ています。戦時中ですね。発売所というのが小さく書いてあって「文芸春秋社」となっています。

この表紙からして なんかいいですよね。装幀は「久保 守る」です。さてどこからいこうかな。文字も昔字でむずかしそうですね。できるかしら?

第一章 印象派概観

 今次の世界戦争が、すべての世界に於いて、時代を劃するものである事は世人の確信する所であろう。たとい戦争が終り平和の時が来るとも、戦前の如き状態が政治の世界に於ても、産業の世界に於ても、亦芸術の世界に於ても、再び繰り返されることは決してないであろう。
 戦争前の絵画の世界に於て、断然頭角を抽いたものは、エコール・ド・パリであった。戦争はエコール・ド・パリの生命を絶った。しかし、もっと正確に云うならば、エコール・ド・パリは戦争前に於て、既にその生活力を失っていたのである。絵画ばかりではない、フランスの文化全体が、フランスの国家その物が既に生活力を失っていたのである。魂のぬけた形骸ばかりのフランスが、ドイツの力の一撃の下に潰へ去ったに過ぎないのである。萬一戦争後に於て、又パリを中心として絵画運動が発生するとしても、それはエコール・ド・パリの復活ではなく必ず顔貌の異ったものとして生まれ出づるであろう。生活力ある者が、一時力の為に倒された者ならば復活する事もあり得るが、自づと生活力を失った者は復活する事はあり得ない。エコール・ド・パリは完全に歴史にはいってしまった。

 私はパリに留る事十数年、其間エコール・ド・パリの作品を朝夕眺め暮らし、又その巨匠たちとの交際もあった。歴史になってしまったエコール・ド・パリに就いて書きとどめて置きたくなったのである。と云って私は批評家でもなく美術史家でもない。単なる鑑賞者に過ぎない。批評家や美術史家の如く、作家の宣言や記述や書翰を孝( )しつつ論を進めることは極力避けたい。主として作品そのものに就いて語りたいのである。作品は作家の自画像である。嘘言を就く事はできない。作家の全人格が、全思想が作品に現れる。気魄ある者は気魄が作品に現れる。軽薄な人格者は薄っぺらな作品しか書けない。これに反し芸術家と云うものは気まぐれ者であり、いたづら者であるから、心にもない事を云ったり書いたりする。これを真に受けて論を進めればとんだ間違いを惹起する事にならぬとも限らない。
 作品に就いて検討し、手記や書簡は援用する位が正しいと私は思う。

***

「そうかこれは昭和18年に出された本なんだ」
ここから私の目は内容に移っていった。
第一次世界大戦は1914年 大正3年に始まっている。その核の部分には、世界的に植民地支配を推し進めようとするイギリスに対するドイツの挑戦があった。日本はこのときは英仏側についている。この戦争では1918年ドイツが負けている。今で云えば どんどん植民地を増やしていこうとするイギリスはどうなん?というところだけれども そんな時代だった。
1918年ドイツは第一次世界大戦で負けてました。
それから21年後の1939年にポーランドに侵入 イギリスとフランスがそれに対して宣戦布告して第二次世界大戦がはじまっています。昭和14年です。1941年には日本はアメリカと戦争をはじめています。
つまり「今次の世界戦争」というのは第二次世界大戦ということです。
ナチスドイツはフランスにも入り込んで管理下におきました。

著者はこんなことを言っています。「戦争はエコール・ド・パリの生命を絶った」
そして「戦争前に於て、既にその生活力を失っていたのである。絵画ばかりではない、フランスの文化全体が、フランスの国家その物が既に生活力を失っていたのである。」

え それどういうこと?
著者がこのような本を出した昭和18年というのはどんな時代だったのでしょうか。日本はまだ戦争に負けてはいない。そしてこんな本が出版されていた。ということなんですが。

私の家では それは兵庫県の神戸に住んでいましたが 姉が昭和16年に生まれています。風邪がもとで赤ちゃんの時に亡くなっていますが その悲しい話を後にこう言っています。「戦争がすぐ始まったから あの子が生きとってもえらい目にあわせるだけじゃったから」
それから昭和18年には 男の子が生まれています。母はこの戦争の時期に2度も子供を生んでいることになります。日本が戦場になったのは昭和20年だったのですよね。
え そんなことも知らないの?という事ですが 乳飲み子である昭和18年生まれの兄は戦火をのがれるため神戸から島根の母の姉の所にあずかってもらっています。二人の兄たちも疎開しています。

著者は「芸術家と云うものは気まぐれ者であり、いたづら者であるから、心にもない事を
云ったり書いたりする。」と云っていますが。 そして芸術家を信用していないようですが あたってるようで そうじゃないようで どうなんでしょうね。

現在は芸術家は語りますよ。この本を真ん中において 福島繁太郎さんと現代人がディスカッションしたら 面白いかもですね。

この「印象派時代」という本。さてどうなるのでしょう。

さいならさいなら

《 2015.03.23 Mon  _  ちまたの芸術論 》