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おたより

みをぎさんからの2014年のおたよりです。わたしの知りあいのおじいさんが「先導師さん」もされていたとかで そんな話になったときのものです。


のりこさま
 先導師さんという人は、まだこのあたりには、おいでのようですよ。
 「センダツさん」と読んでいるようです。家の家相を見たり、転居の方角を見たり、家を改築するときに、たいていの家にはある、裏のお稲荷さんも、新しく作り移したりするのですが、良い日柄を選んだり、祈り言葉を唱えたりするようです。神職とはちがうのです。民間信仰の中で、念じる力のある人を選んで、いろいろな頼み事をするのでしょうね。その人によって祈りの言葉は違うのかもです。先祖代々の方もいるかもですね

 神職は、現在は、戦後からですが、神社本庁が階位認定を行います。ある期間、大学に通う、研修会に参加するなどで、5段階の階位を認定するものです。
全国共通の作法で(立礼と座礼があります)祓い言葉も統一されています。
神社本庁の認定を受けた人は、ふつうは神社でご奉仕します。どの神社に行っても同じ祓い言葉ですので、気をつけているとわかりますよ。ただし、伊勢の神宮と出雲大社には、独特の作法が昔からあります。それと京都と大阪の間を走っている、京阪電車の駅近くにある、男山の石清水八幡宮と奈良の石上神社には、独特の祓い言葉があり、そこに行って研修を受けないと知らない神職もいます。

 先導師さんは、神社に勤めなくても、周りの方が、その方を認めれば成り立ちます。神社にいる神職はほとんどが、神社本庁からの階位を持っています。
 センダツさんは、ふつうの人より、ある種の霊感のようなものが強いのでしょうね。
 井戸を埋めるなどは、職人さんが、たいそう嫌がります。そこで、先導師さんを呼んでくることもありますね。

 私の場合ですが、家の行事は、自分でしてはならないという、不文律がありますので、家のある村の鎮守様の神職にお願いします。自分が神社本庁からの階位認定を受けていますので、先導師さんを頼むことは、できません。

 先導師さんは、戦争までは、たくさんいたかもです。神社に行って正式参拝するよりも行き易いのでしょうね。地域の人には、尊敬されていたかもですよね。お礼も神社のように決まっているわけではなさそうです。神社もおふだによってお金は違いますが、正式参拝も5000円からと、何となく決まっていますね。現在の階位は、医師や薬剤師さんのように国家試験ではありません。あくまでも、神社本庁から認定される資格です。

 この資格は神社本庁に所属する、全国8万社でのご奉仕するときには、ないといけないのですが、先導師さんには必要はないでしょうね。
 占いにも通じているかもですよね。友だちに占い師がいますが、建築会社には、占い師が必ず顧問としているようです。方角といっても決してアバウトなものではなく、詳細な地図にコンパスと定規を当て、関東地方だからといって、3度だったか、また修正するのです。家の中心に方位磁石を置いて調べるので、かなり精密な方角になりますよ。

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わー、長かった。みをぎさん2014年のおたより懐かしく拝見しました。
神社とお寺の違いは少しはわかるものの、こうして文面を打ってみると だいぶわかりましたよ。
私の歳(いま65才)にみをぎさんはこの神職になる為に大学に行かれたんですね。なんかこういう人にあまり出会ったことがないので 私は不思議がって読んでいます。
 
私が子供の頃から知っている三方神社は 小中学校の近くにあり 坂になった長い参道をのぼったところにあります 。私の住んでいたところにも とりいのある神社がありますが そういった神社をとりまとめたようにある 大きな神社でした。 お祭りの日には 子供のわたしには 楽しみでしかなく わくわくしたものです。 参道の両サイドに店ができ それが毎年にぎやかで いっぱいで がまのあぶらみたいなものがあったり あるまじろ(?)の剥製があったり ぴ〜という声が聞こえ わたしたちはいったん小学校から家に帰って(それが一時間はかかる道なんです)出直して おこずかいをもらって 神社まで行くのです。 そこではお神輿さんが出ます。 神主さんは馬に乗って 昔からの装束で長い参道を歩きます。 天狗だって出て 追っかけられたことも。 こわがりのわたしは よその家にあがりこんで 「このこだれ?」というふうに見られたことも。 追っかけた天狗も 遠くまでひたすら逃げるわたしに 驚いていたんじゃないですか。 後ろも振り返らずにね(笑)。 わたしは一人 お祭りに行くのが好きで ゆっくりだれにもじゃまされず お店のひとつひとつを じっと見ていました。 今から考えると 変わった子ですよね。 今でもそういうところがあるので 変わりませんね。

わたしたちは神主さんは 特別な存在で それでも父がわたしをその神主さんのところに連れて行くこともあって(学校の先生をしていた父は 挨拶に行ったのかも)よこに座って 出されたお菓子を 誰も見てないと勝手に思って ぽけっとに入れていたことを 恥ずかしく思い出しました。 あ いろいろ でてきます。 神主さんには 多分弟さんがいらしたんですね。 それは小学校の校長先生でした。 この方は 神主さんの代行をされたこともあったと思います。 どっちの神主さんの娘さんだったのか みんな美人なんですよ。 そのころでいくときれいなお姉さんたち。 でも全員姉妹だったような。 ということはいつも見る神主さんには息子さんがいましたね。 多分その方が跡を継がれたんだ。 などと大人のわたしは今そんなことを考えています。 父について学校に行った時 遊んでもらいましたよ。 わたしには姉がいなかった(赤ちゃんの時に死んでいる)ので ことのほかそのお姉さんたちと遊んでもらうのがうれしかったですね。 お祭りの時田舎では 他にもきれいなお姉さんが帰って来ていて けっこうおしゃれして歩いてるんです。 たまにいるんですよ。清楚でほんとうにきれいで。 吉永小百合さんを見るたび 「ああいうお姉さん」と思い出します。
 先導師さんのお話も面白かったです。そういえば孫であるわたしの知りあいも 不思議なことをたまに言います。遺伝子のなせるわざかしら?

おたよりおまちしてます


《 2015.03.20 Fri  _  エッセー 》