『ピカソとその周辺』の続きです。虫眼鏡ご用意ねがいます。
この文面の後 こういうふうに続きます。
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これが、私が長い間共に生活し、また知り、愛し、尊敬さえもするようになった、この仲間に入るきっかけだった。
私は、ピカソの作品の前に立って驚いた。驚きかつ惹きつけられた。それから発散する病的な部分は、いささか気になったが、やはり私の心を魅了した。それは「青の時代」の末期に当っていた。そこのすべてのものから制作の息吹が感じられるアトリエの中には、未完成の大作が幾枚も立てかけてあった。 それにしても、何という乱雑さの中の制作だろう・・・いやはや!・・・
一隅には四脚台の上に蒲団が敷いてあった。黄土製の( )を載せた赤錆びた鋳物の小さなストーブが化粧台の役目を努めていた。一本のタオルと石鹸の切れ端が、傍の白木の卓上に置いてあった。もう一方の隅には、見すぼらしい小っぽけな黒塗りのトランクがあって、あまり坐り心地がよくない椅子の代りをしていた。藁詰め椅子一脚、画架、あらゆる号数のカンヴァス、床の上に散乱した絵の具のチューブ、画筆、油瓶、エッチング用の皿などがあり、カーテンは懸っていなかった。机の抽斗には、よく飼い馴らされた白い二十日鼠が、一匹入っていた。ピカソはそれを大事に世話していて、誰にでもよく見せたものだ。
*( )は読めないんです。
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洗濯船(バトー。ラヴォワール)1903年から1912年にかけて ピカソとオリヴィエがいた所です。モンマルトルにある 居心地の悪い木造家屋。冬は冷蔵庫、夏は蒸風呂
そりゃあ大変な所でしたね。 今は扇風機や冷暖房があって そんなことを何とか回避できたりするものですが もしかしてあの時代 日本でもめずらしくもなかったのかも。
スペインのカタルニヤから出てきた画家カナルスやカサへマス、ノネルたちとよく話をしていたんですね。外国からパリに出てくると 同郷の画家たちと話が合うんですかね 貧乏暮らしだから よけいにね。 でもカサへマスはそれなりに仕送りがあったんでしょうね。 女のことで若くして自殺してしまいました。カサへマスはピカソの絵に出てきます。ノネルは腕のある有望な画家だったのにチフスで死んでしまいます。カナルスはピカソと対照的な顔かたちをしていたようです。
そのピカソに美しいオリヴィエはぱったり出会うんですよね。子猫をさし出されて とうせんぼされて アトリエに誘われたわけで。同じ洗濯船に住んでいてたびたびすれちがった。「あの人は一体いつ仕事をするのかしら」と思っていたらしいですね。そのころピカソは邪魔をされないように夜中に絵を描いていたんですね。彼女はピカソの絵に驚き惹きつけられます。でもそれから発散する病的な部分は、いささか気になったとは言っていますが。
ピカソの部屋には「青の時代」の作品があった。未完成の大作が幾枚も。 こうして読んでいくと 経済的にも苦しい時代に「青色しか買えなかったから 青の時代というのだ」ということが わかるような。
ストーブをはさんで日用品があり、トランクがありそして絵の道具がある。二十日鼠を飼っていたんですね。 それにしても子猫といっしょに二十日鼠は大丈夫かしら?
さいならさいなら