
みをぎさんの2014ねんのおたよりです。はがきに筆で書いてあります。
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『でんでんむしのかなしみ』 新美南吉作の一節ですね。
この本どっかにあったなあ と本箱を探してみますと 見つかりました。
せっかく見つかったのですから このおはなしを書き写してみましょうか。
でんでんむしの かなしみ
いっぴきの でんでんむしが ありました
ある ひ その でんでんむしは たいへんな ことに きが つきました。
「わたしは いままで うっかりして いたけれど、 わたしのせなかの
からの なかには かなしみが いっぱい つまって いるでは ないか」
この かなしみは どう したら よいでしょう。
でんでんむしは おともだちの でんでんむしの ところに やって いきました。
「わたしは もう いきて いられません」
と その でんでんむしは おともだちに いいました。
「なんですか」
と おともだちの でんでんむしは ききました。
「わたしは なんと いう ふしあわせな ものでしょう。 わたしの せなかの
からの なかには かなしみが いっぱい つまって いるのです」
と はじめの でんでんむしが はなしました。
すると おともだちの でんでんむしは いいました。
「あなたばかりでは ありません。 わたしの せなかにも
かなしみは いっぱいです」
それじゃ しかたないと おもって、はじめの でんでんむしは、
べつの おともだちの ところへ いきました。
すると その おともだちも いいました。
「あなたばかりじゃ ありません。 わたしの せなかにも
かなしみは いっぱいです」
そこで、はじめの でんでんむしは また べつの おともだちの
ところへ いきました。
こうして、おともだちを じゅんじゅんに たずねて いきましたが、
どの ともだちも おなじ ことを いうので ありました。
とうとう はじめの でんでんむしは きが つきました。
「かなしみは だれでも もって いるのだ。 わたしばかりでは ないのだ。
わたしは わたしの かなしみを こらえて いかなきゃ ならない」
そして、この でんでんむしは もう、なげくのを やめたので あります。
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やあ この詩は ぐっときますね。
こびと図鑑の「のみびょうたん」孫にもらったんですけど いつも見ては 頷いています。 どうしてかって? このこびとには でんでんむしのからのなかにあるような かなしみが見えるような気がするからです。もっとほしいんですが きっと孫はくれないでしょう。
こびとたちの 自分よりでかいものに みつかってはいけない おびえ。こっそり知恵をだして こつこつと実行する 真面目さ。 明るく笑ってなどいられないのです きっと。
でんでんむしのからには かなしみが一様に つまっているようですが こびとたちにも
一様に かなしみが これはどこに つまっているのかなあ。
かたつむりは それをつめる からというものが あるようですが こびとたちには そんなものはありません。
でもかれらの表情を見ると にじみでてるのです。 (こんなに 真剣になってよいのかしら?)
この みをぎさんのハガキをみて こうして新美南吉の詩『でんでんむしのかなしみ』を 最後まで読まなければ "こびとの「のみびょうたん」がどうも気にかかる 自分のこと" が よくわからなかったかもです。 ちょっとわかったようで すっきりしました。
こびと図鑑のこびとたちに 女こびとはいましたっけ?
こんなにやいやい言う のりばっぱのことを 読んだら 孫は もう一つぐらい くれるかもしれませんね。
ウルトラマンと交換してくれるかも。 おーい。
みをぎさん おたよりおまちしてます。