Sちゃんからの2015年の手紙です。
この中には Sちゃんが夢中になってつくったビーズのアクセサリーの写真も入っていました。 家系図もあって、テレビでやってる「ファミリーヒストリー」みたいです。 母方のものです。 みんな手書きなんですが Sちゃんの字は けっして上手とはいえなくて(Sちゃんごめんよ)それでなくてもこの家系図は3代もさかのぼるので ややこしいです。 でもSちゃんの字は 目をこらして本当に知りたいとおもって読むと だんだんわかってくることが 分かりました。(笑)
Sちゃんのお母さんはたしか92才です。
*
母がうっぷん晴らしに 小言を云い出す。 聞くつもりはないのに ついえんえんと聞いてしまって ふと我に返った時 「あなたの話を聞いてしまって損をした」と何度云ったことか。 祖母の事 微に入り細に入り 何度も聞いていた事が 子供の頃は上の空で聞いていても 話の内容はぼんやり憶えているものの いいかげんにしてよという感じです。
今度は母が父の事で「お父ちゃんの前で文句を言うと(お母さんが) 聞いてるもんだと思って 顔を上げたら 目の前に居なくなって 誰もい居ないのに 一人で文句を云っていた」と母が云うので シメシメ私もそうする事に決めた。 親子でもうっとしい事有るよね いっぱい。 父の方が一枚上手ってことだね。(Sちゃんから私へ)
***
Sちゃん 写真とおたよりありがとうございます。
家系図は 目を凝らして読むことにしますから 書き換えなくてもいいですよ。
私の祖父は 母が小学三年生の時に(昔でいうのと今と同じかなあ)亡くなったらしいですが 隠岐丸の(客船の名前)船長をしていたんですね。文字通り隠岐の島に客を運んでいたと思うんですが 他にもどんな所に行ってたのか 点と点をむすんでみるとどうなるのかな? 母によると とてもこわいお父さんだったから 嫌だったなんて事 言ってましたよ。酒のみでね。記憶が曖昧になってきましたよ。だってお母ちゃんが スペイン風邪にかかったのも小学三年生。いっしょの年にそういうことってあるのかなあ。
Sちゃんがつくったアクセサリー まるで花火のよう。きれいですねえ。Sちゃんといっしょに夢中になったアクセサリー なつかしいなあ。 そのころはまだ私は 家族と大阪の交野市という所に住んでました。1986年ぐらい。 Sちゃんが39才くらいで私が37才くらい。
Sちゃんは本当に手先が器用ですね。 作ったものを額にいれて毎日ながめているのだとか。「やりたいという思いをわすれないように」だそうですね。
「目が悪くなってなさけないです」と書いてありますが ほんま 老眼鏡にお世話になる毎日ですね。「めがねを新調してから少し元気が出た所ですが まだ始めておりません」とありますね。「すぐにのぼせるものだから」「まだかたずける物が有るといいきかせております」と。 あのころは「のぼせるもの」だったんですね おたがいに。
たしかに のぼせることが多かったなあ。 絵もなにもかも のぼせてたんや。
お母さんとSちゃんの話、お父さんの話、おなかを抱えて笑ってしまいました。
私はSちゃんのお父さんがえらいおしゃべりで お母さんが目の前から消える人だとずっと思っていたからです。 お父さんは俳優でいったらどんな人だったかなあ。 すててこのままで 石畳の道を歩いてたっけ。 Sちゃん お父さんの姿を思い出して。 3人のむすめとお母さんと嫁さんに囲まれて お父さんは 大変。 女の中に男一人。
おたよりおまちしてます