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『雪野』 尾辻克彦著 (株)文芸春秋 

この本もTさんから借りたので、はやく読もうと思ったのです。ところが赤瀬川原平がじゃまをして、でも人の本なので寝転んで読むわけにもいかず、たまに読んでいたのですが。ところが尾辻克彦、別名赤瀬川原平は 面白かった。
たしかも赤瀬川さんはもうちょっと固いことやりたくなって、純文学などやりたくなって、どっかの賞をねらってたりして、作家活動に入ったらしい。 「肌ざわり」で中央公論新人賞を受賞、1979年だ。1981年「父が消えた」で第84回芥川賞、ほかにエッセイ集で「整理前の玩具箱」、「少年とオブジェ」「優柔不断読本」がある。と書いてある。
「雪野」はどういうわけか雪野という本なのに著者略歴に書いてない。賞をもらってないのか、この本は?などと思いながら。案外早く読んでしまった。めずらしい。

ーー武蔵野美大の学生であるぼくと雪野は いっしょに住んだり離れたり その大学時代を えらい貧乏にふりまわされながら すごした。 畑のじゃがいもやさつまいもを夜中に盗みに行ったり。 サンドイッチマンもベテランになるまで経験した。 女もかろうじて経験した。 隣の学生の米やみそも盗んだ。
東京という都会で雪野は破滅的な暮らしをした。ぼくは胃潰瘍に苦しみながら、いろんな仕事をしてかろうじて生きていた。絵もときたま描くぐらい。生活するのが精一杯でそれどころじゃないのだ。ーー

貧乏暮らしでは、この登場人物には勝てないなあ。だれしも思うのかもしれない。

わたしたち夫婦が、特に夫が大風呂敷を広げては「取らぬ狸の皮算用」していたとき出していた「フーフー通信」という読み物がある。ここにはサラリーマンをやめて画家になった、正確に言えば貧乏画家になった夫、それをサポートしようとしてほとんどなにもできない妻のことが書いてある。5人の子供をかかえていたというのもプラス。

人の貧乏暮らしというのは読者にとっては、面白く興味のあるものらしい。貧乏真っ最中の人には勇気が出る読み物らしい。「フーフー通信」もよく出た。Tさんはこの本を熱心に読んだのか大分古びている。汚れてもいる。そうかそうかと言ったら怒るだろうか。

私は今の暮らしがえらい贅沢なような気になった。そしてTさんに返すのが惜しくなるくらいこの本はいい。 この本は貧乏なくせに どこかおかしい。 貧乏になるとたしかにどこかおかしい、なんとなくわかる。 わたしは親元にいるとき、平凡に食べて暮らしていた。 大學も出て就職もしてここんところも貧乏とは縁がなかった。 夫が画家になってはじめて貧乏になった。じわりじわりとそうなったから、けっこう笑いながら暮らしていた。 でも子供がなにかほしいというと怒ってたからこれが貧乏に気がつく手始めだったのかもしれない。 あちちあちちとそんな暮らしは、その渦中はこの本のように貧乏なできごとが並ぶ
 
そのことから脱出したけれど、なんだか、「雪野」をかかえていたいこの気持ちはなんだろう。

きょうはなんとか。明日のみ通しがないその日暮らし。別名貧乏ぐらし。貧乏暮らしのようなホームページの書き方、というのもあるような。 またあしたさいならさいなら
《 2015.02.10 Tue  _  ちまたの芸術論 》