Sちゃんからの2003年の手紙です。
元気ですか。
私は目の前にせまった事からかたずけていく ほっておけない事と行事はやっと終わった所です。 目の前に現れてる事に気を取られ自分の事などかえりみるひまもなかった所です。
父の看病 めんどうを見るという つっかえ棒もなくなりホッとすると 何をしよう。
とたんに考えがまとまらなく する事は山ほど有っても 道すじがたたなくなって 自分の事が第一というところです。
法事も済ませ お寺さんの都合で ずいぶん早く済ませました。 でも父はまだ家に居たと思います。 二十一日の夜中 玄関の戸が開く音がしたので起きてみないとと思っても 眠りばなだったので 起きようと思っても 体が動かない。 起きよう 眠い 起きよう 眠いでやっと起きて玄関に行ったけど鍵はかかったまま。 見送る事は出来なかったけど 家を出て行ったという印を残した感じです。
とうとう行ってしまったんだなあと眠い頭にも感じました。
父が入院中 意識が有るのか無いのか 生死をさまよっている間 苦しがっているのを見て 私の気持ちは 早く楽になればいい 早く楽になればいいと思っても 口から出る言葉は 頑張れと云う。 もうこれが最後かと どうすれば少しでも楽になるかと 気ばかりもんで 目が離せない 体はだんだんと離れてくる。
病院と戦ってる感じです。 目に見えて父が衰えて行く 自分の持つる機能を衰えさせて行くのが分かっていても 口に出して云えない(病院に対して)
最後には何もしないでほっておいた方がいい 連れて帰った方が良いで 家に連れて帰って二十日めんどうを見て終わりました。
いろんな事を考えさせられ 我が身に置きかえると 安楽死がいいかな。
父が死をむかえたら 身の丈がわかってくるというか 何をどういうふうにしてきたかが手に取るように分かってくる。 自分が普段云ってたとおりかどうか 見てない時に人になにをしてきたか 他に 人に好かれてたり 人の世話をしてたり 人から聞かされる。
あまり話もしたこともない人から いろいろ声をかけられる。
合点の(何故と思ってた事)いくことが沢山。 こういう感じは祖母の時もそうでした。
母から祖母の事を聞くと悪い所ばかり浮き上がって 2人は他人なんだけど 私はどちらの血も引いているので 聞いてやだとか思っても 本当の姿を見失う事が多いけど 母がゆう程悪いわけでもないやとか。
おばあさんに世話してもらったという人が多かったりして。
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Sちゃんおたよりなつかしく拝見しました。
お父さんが亡くなった頃の話ですね。 おとうさんの身の丈が 亡くなってはじめてわかってくる とSちゃんは云っていますね。そういうもんでしょうね。 そういう話が人に聞けるのも両親のそばにいたからじゃないですか? 私は父のときは もう家を出ていて久しく 父の話を聞くことがあまりできませんでした。 それで 無性に父のことが聞きたくなり 父の知り合いの人に手紙で聞いてみたりしましたよ。死なれてはじめて父のことが見えてきますね。 酒にすぐ飲まれてふらふら、でもそんな父のことを話す人たちのやさしいおだやかな話し振りをみるだけでも 父が見えてきます。 母は父の事を気の小さい人で、一人っ子で甘やかされて育った人 だけどいじわるなどできない子供のような人だったと言いました。身内はそう相手のことをほめそやさないものかも。母のことを言うのは娘の私。まがったことがきらいでハッキリものを言う人。弱虫の私にはその強いところがありがたかったり大変だったり。まえむきで明るかったから、そこは真似したかったとか。戦争の話とか、故郷での思いで話とか、とても話すのがうまかった。
Sちゃんのおばあさんが私の母の姉。そんな姉妹の思い出話をよくしてくれましたよ。こんどそんな話も書いてね。
結婚している姉さんのところへ遊びに行くのが楽しみだったんですね。若い母はどんなんだったんでしょう。姉さんもね。なんでもできる姉さんのことをとても尊敬してましたよ。母の兄弟はなんせ仲良しでした。いつまでもね。悪口は聞いたことがなかったなあ。人間だからいろんなこともあるんですが、身びいきもええとこです。そんな人たちも今はみんなあっちへいってしまって。
Sちゃんのお父さんが出て行った音、人は死ぬとそうしてなれた玄関から出て行くんですかねえ。わたしはおじさんのステテコ姿の後ろ姿を覚えてるきりですが。 自分たちの前を歩いて行くあちらにいく人たち。いろんな思い出を私たちに残して行きました。
お父さんはいくつで亡くなったの?
おたよりおまちしてます!