Sちゃんからの手紙です。きのう届きました。2015年2月です。
Kちゃんから(息子)はじめて賀状を貰って はがき一面に子供の写真 この時はじめてKちゃんが大人になったと気づきました。 私はずっと最後に会った時でピタッと時が止まって 思い出そうと思っても 子供達の時しか思い出せず いつだったのかと 混乱しています。 Aちゃん(娘)の年賀状の写真で 子供も一年づつ大きくなってるな と思っても 何か頭は止まってるのだなと 感じてます。
最後に会ったのは大阪で Aちゃんの個展を見た時 それもあわただしく Aちゃんだけ印象的に残ってて ずっとのりちゃんと話をしていて 何を話していたのか 時を埋めるのはむずかしく 話が飛び過ぎるのかもしれませんね。
賀状のKちゃんの事(を見ていて) 母が「Kちゃんって海がなかなか分からなかった子だなかったか(子じゃなかった?)」とポツリ思い出しました。
皆が関(美保関)に来た時 渡船場でNさん(夫せいのこと)が「Kは水を見ると海だ海だと騒いで往生したわ」苦笑していました。 電車の中から川を見ても 海って云うし。 渡舟で渡れば ここは島根半島 海の上の舟のような所 どこからも海の見えない所はないような所です。
いよいよおじさんの舟に乗って 妹の子供もいっしょになって 軽尾(小さな入江)に海水浴に。 口々に賑やかに話している。 そろそろ半島の先端という所で「Kちゃん 後ろ見て見て」と云ったらふりむいて びっくりしたようで。 立ち上がってギョッとしたようだったけど 又子供たちはペチャクチャ。 軽尾に着いて舟から一人づつ岸壁におろしていたらKちゃんが私に「Sちゃん海は終わり」と云うではありませんか。 ガックリ 分かってくれたのではと思っていたので。 それでも一日海水浴にはしゃいで帰り これでは海って分かりにくいのかもしれませんね。
隠岐に行くフェリーの上から「下見たら」と云ったら 下の方の漁船に向かって「おまえはちびこいぞ」と海とは関係のない事云ってたので これではまだまだだぞ 海はてごわいな あまりにも大きくて子供には計れないのかも。
ここらの言葉で『海のどなか』 一面何も見えない波の上になった時 もう一度「海って分かったかなあ」とKちゃんに聞いたら 『ゆっくりこっくりうなずいてくれた』
分かってもらったような気がした。
隠岐でのりちゃんはくたびれはてたようになっていて 強行軍で悪かったなと今でも思ってます。
もう一つNさんがポツンと「海に竹が生えてた」と云われ とっさに「海に竹なんか生えないよ」と云ったけど「生えてた」とゆずらない。それは網を敷いた目印に立ててある竹なのでは。 帰りの舟から見るとあそこにある。 生えているのではなく立ててある。
海のはたで暮らす者には当たり前の事が よその人には分かりにくいことだけど 海のはしの生活です。 海に綱を置くと目印がないと どこに何が有るのか分かりにくいので 印として竹を立てておくのです。
海って大人も子供も分かっているようで全体に積み重ねて分かるものかもしれませんね。
以上
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Sちゃんおたよりありがとう。
Sちゃんと私たちがそちらで会ったのは、子供たちがまだほんの子供の頃ともう一回母が亡くなってからでしたね。この二つの間がだいぶ離れているのを、実は忘れていました。
一回目はSちゃんが実家に帰って数年しての1988年頃?だったのかも。もう一回は1995年頃。記憶って、折り畳まれて ともすればのりなんかでくっついてしまって、あいまいになるものですね。写真を見るとあきらかに一度目と二度目は子供たちの年齢が違うふうに写っているのにね。
海は広いな大きいなといいますが、あの頃Sちゃんと息子のKとのやりとりは「海とはなんぞや」ですよね。Kにあの頃の話を聞いてみましたよ。「おぼえとるよ。Sちゃんと寝る前に魚の図鑑を一緒に見てたのをよくおぼえとるよ。それは交野(大阪)に来てくれた時やったかな。 島根のSちゃんちに泊って 朝早く起きて坂を下りて海に行くのが楽しかったよ。」「Sちゃんがかわいがってくれたのをよくおぼえとるよ。 Sちゃんちの旅行が一番楽しかった思い出やなあ。 帰りに津田駅(交野の)に着いたときに、切符がない!って荷物をひっくり返してたよ。」そんな思い出話をしましたよ。
島根県は子供たちにとってとても遠く楽しい旅行だったんですね。娘のAは「いろいろおぼえてるわー。夏休み、島根にいくのすごく楽しみやったなあ。」と。 長男のYや長女のM、末息子のRと、あの頃のこと聞いてみたいですね。
わたしは小さいRをおいかけるので疲れ果てていましたが。子供にとってとてもいい思い出になっていたんですね。
Sちゃんやその家族、母の実家のK屋のわたしのいとこが(漁師をしていて、おじさんとよんでいる)海水浴に行く舟を出してくれたんですが。 母とくらした場所は本当に海などどこにも見えない所でしたから、母がかってこういう所に生まれていたことが不思議です。 母は美保関での子供時代を話してくれましたが、実際行くと別世界に来たように、いつも思うんです。海にはいつも明かりがともっていて、その中で魚や貝やいろんなものが一日中動いて生きてる。私は自分の故郷の夜がとても静かで、山あいの村だと思ったことでした。
Sちゃんは母の姉の孫にあたるのです。わたしより二つばかり年上なのです。
この続きは今度ね。