いちご大福を食べたものの、赤瀬川原平特集は小休止せざるをえません。
といいますのも、きのう薬指の一部分が消滅したからです。ですから臨時のりばあ特集号に移行いたします。つまりこの事件の前には「トマソン」も「四谷階段」もあったもんじゃないと思うのりばあです。 この事件の前は、「イスラム国」のことや「日本国は大丈夫か」と心配していたのですから。
「あのときのあの動揺はいったい何やったのか」 その消滅事件も一夜明けると落ち着きをとりもどしつつありますが。
「いのちにかけて」とか「いのちのひとつやふたつ」われわれはこんな言葉を案外簡単に使ってしまいます。しかしそれはそう簡単にに使うものではありません。そのいのちを言う前に、ワンコイン細胞がふっとぶほうがやばいんじゃないかと。
わたしももう、「のりばあ」というぐらいの年齢になったわけでして、そして思い残すことなど「これっぽっち」もないはずなのですが。 それとこの事件はあきらかに違います。
いままでを全否定してもおつりがでるぐらい、それは「とつぜん」やってきたUFOのようなものです。わけわからんわーといってもおつりがでるぐらい。
これを超芸術にしてしまおう。「トマソン」とはちゃうなあ。「四谷階段」でもなく。
「1ミリ捜索願」
なんか肩に力はいってしもたなあ。フェイントののりばあはどうした!
だって、だってよお、薬指のさきっちょ1ミリのところがふっとんで消滅しただけで、世界は終わったと思いましたもの。流れ落ちる血をながめながら、これからどういう不幸が待っているのだろう、と思いましたもの。
「あの1ミリはどこにいったのだろう」
指サックはめてます。左手で(消滅は右)で「ねこのムラカミおむつ記者」のように顔を洗い、いままで気楽に暮らしていた左手は急に緊張を強いられています。
またあしたはあるのかなあ、とりあえずさいならさいなら