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おたより

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ぴーさんおたよりありがとうございます。甥っ子さんたちピクニック楽しかったでしょうね。子供の時のこういうことって、楽しくてたまらんのよねえ。まあ、わたしの子供の頃はピクニックなんてしゃれたことはなかったんですけど。田舎で育ちましたので、毎日がピクニックの丘でしたが。85歳の祖母様、たしかにちいさなからだのおおきなおばちゃんですね。おおきなからだのおおきなおばあちゃんだとなんだか巨人のおばあちゃんみたい、そういうことではないですね。  「海賊リーマン」おもしろいですか、うれしいなあ。写真の中で3LDKちゃうなあ、宮崎吾朗監督の、あれよりちょっとしょぼいスタイル。現代アートのつもりなんです。ウルトラマンはのびているか休憩中です。   登山の話ですが、頭の中のほこり対策ですね、ええっと、きれいにそうじはしません。たまるいっぽうですが、いっしょに歩いてます、とぼとぼと。きゅうに夫せいのように飛ばすと、かぜをひきそうです。
中島敦さんの「父から子への南洋だより」ー「さて今度旅行して見て、土人の教科書編纂という仕事の、無意味さがはっきり判って来た。土人を幸福にしてやるためには、もっともっと大事なことが沢山ある。教科書なんか末の末、の實に小さなことだ。所で、この土人達を幸福にしてやるということは、今の時勢では、出来ないことなのだ。今の南洋の事情では、彼らに住居と食物を十分あたえることが、段々出来なくなっていくんだ。さういう時に、今更、教科書などを、ホンノ少し上等にして見た所で始まらないじゃないか。なまじつか教育をほどこすことが土人達を不幸にするかも知れないんだ。オレはもう、すっかり、編纂の仕事に熱が持てなくなって了つた。土人が嫌ひだからではない。土人を愛するからだよ。僕は島民(土人)がスキだよ。南洋に来ているガリガリの内地人より、どれだけ好きか知れない。」ーこのようなことも書いています。こんな手紙がそのまま出せたということは、検閲を受けなくてもすんだ人だったのかもと思います。土人という書き方、今ではちょっと差別してるなあとも思いますが、それはあの頃のこととして、中島敦を通して、見えてくるものがあります。それぞれの国の人たちのやりかた、文化、それがそこの人たちの幸せにつながっていくんですかねえ。戦争が終わって、いやいやまだ他では戦争はおこりました。あの当時の日本人にもいろんな意見があったのかもしれません。
Good  luck  ! おたよりおまちしてます

《 2014.10.06 Mon  _  ちまたの芸術論 》