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こころ 夏目漱石

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こころ 先生と遺書 夏目漱石 角川文庫 おしまい

 私は乃木大将の死ぬまえに書き残していったものを読みました。西南戦争のとき敵に旗を奪(と)られて以来、申し訳のために死のう死のうと思って、つい今日まで生きていたという意味の句を見た時、私は思わず指を折って、乃木さんが死ぬ覚悟をしながら生きながらえてきた年月を勘定してみました。西南戦争は明治十年ですから、明治四十五年までには三十五年の距離があります。乃木さんはこの三十五年のあいだ死のう死のうと思って、死ぬ機会を待っていたらしいのです。私はそういう人にとって、生きていた三十五年が苦しいか、また刀を腹へ突き立てた一刹那が苦しいか、どっちが苦しいだろうと考えました。

私を生んだ私の過去は、人間の経験の一部分として、私よりほかにだれも語りうるものはないのですから、それを偽りなく書き残しておく私の努力は、人間を知る上に於いて、あなたにとっても、ほかの人にとっても、徒労ではなかろうと思います。






《 2019.10.11 Fri  _  読書の時間 》