こころ 先生と遺書 夏目漱石 角川文庫 つづき
記憶してください。私はこんなふうにして生きてきたのです。はじめてあなたに鎌倉で会った時も、あなたといっしょに郊外を散歩した時も、私の気分に対した変りはなかったのです。私の後にはいつでも暗い影がくっついていました。私は妻のために、命を引きずって世の中を歩いていたようなものです。あなたが卒業して国へ帰る時も同じことでした。九月になったらまたあなたと会おうと約束した私は、嘘をついたのではありません。まったく合う気でいたのです。秋が去って、冬が来て、その冬が尽きても、きっと会うつもりでいたのです。