こころ 先生と遺書 夏目漱石 つづき
ー素人下宿をたずねることになったのです
ご主人は戦争でなくなったとかで 未亡人とむすめさんと下女の家族でした
そんなところに 突然行ったところで 拒絶されるんじゃないかと思ったのですが
「私」は しかし 書生として そんなに見苦しい服装(なり)はしていませんでした
それから大学の制帽をかぶっていましたけれども その頃の大学生は今と違って、だいぶ世間に信用のあったものです
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この「今」というのは大分まえのはなしですよね
私は戦後数年の生まれですが 私の兄は父に言われて 大学の帽子をかぶって 友達に会いに中学校まで行きました
そのとき私は兄といっしょに歩いて行ったのですが 兄はそのことが恥ずかしいらしく
妹の私に そう言いました 「ほんとうはいやなんだけどなあ」
まだまだそういうところが ありましたよ そして大学生であるという事は とても値うちのあることのようでした
この「こころ」の書かれた時代でさえ その前のときと その時には 差があったんですね いや 日本は長い間 そういう感じだったのかも知れないと 思いました
ーその部屋の床に活けられた花と、その横に立てかけられた琴を見ました
「私」は詩や書や煎茶をたしなむ父のそばで育ったので、唐めいた趣味を子供のうちからもっていました。そのためでもありましょうか、こういう艶かしい装飾をいつのまにか軽蔑する癖がついたのです