「こころ」 夏目漱石 先生と私 つづき
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飯になった時、奥さんはそばにすわっている下女を次へ立たせて、自分で給仕の役をつとめた。これが表立たない客に対する先生の家のしきたりらしかった。はじめの一、二回は私も窮屈を感じたが、度数の重なるにつけ、茶碗を奥さんの前へ出すのが、なんでもなくなった。
「お茶?御飯?ずいぶんよく食べるのね」
奥さんのほうでも思い切って遠慮のないことを言うことがあった。しかしその日は、時候が時候なので、そんなにからかわれるほど食欲が進まなかった。
「もうおしまい。あなた近ごろたいへん小食になったのね」
「小食になったんじゃありません。暑いんで食われないんです」
奥さんは下女を呼んで食卓を片づけさせたあとへ、改めてアイスクリームと水菓子を運ばせた。
「これは家でこしらえたのよ」
用のない奥さんには、手製のアイスクリームを客にふるまうだけの余裕があるとみえた。私はそれを二杯かえてもらった。
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「小食になったんじゃありません。暑いんで食われないんです」
夏 食欲がなくなります
手製のアイスクリームだと 二杯いけるなんて もう先生の家では
気楽なもんです