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こころ 夏目漱石

「こころ」夏目漱石 先生と私 つづき

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 はじめ私は理解のある女性(にょしょう)として奥さんに対していた。私がその気で話しているうちに、奥さんの様子が次第に変ってきた。奥さんは私の頭脳に訴える代りに、私の心臓を(ハート)を動かしはじめた。自分と夫の間にはなんのわだかまりもない、またないはずであるのに、やはり何かある。それだのに目をあけて見きわめようとすると、やはりなんにもない。奥さんの苦にする要点はここにあった。
 奥さんは最初世の中を見る先生の目が厭世的だから、その結果として自分も嫌われているのだと断言した。そう断言しておきながら、ちっともそこにおちついていられなかった。底を割ると、かえってその逆を考えていた。先生は自分をきらう結果、とうとう世の中までいやになったのだろうと推測していた。けれどもどう骨を折っても、その推測をつきとめて事実とすることができなかった。先生の態度はどこまでも良人(おっと)らしかった。親切で優しかった。疑いのかたまりをその日その日の情合(じょうあい)で包んで、そっと胸の奥にしまっておいた奥さんは、その晩その包みの中を私の前であけて見せた。
 「あなたどう思って?」と聞いた。「私からああなったのか、それともあなたのいう人生観とかなんとかいうものから、ああなったのか。隠さず言ってちょうだい」
 私はなにも隠す気はなかった。けれども私の知らないあるものがそこに存在しているとすれば、私の答えがなんであろうと、それが奥さんを満足させるはずがなかった。そうして私はそこに私の知らないものがあると信じていた。


「けれどもどう骨を折っても、その推測をつきとめて事実とすることができなかった」

推測というものは 事実を突き止めようと動くものなんですね
いろんな推測が出てくるものですしね

夏目漱石という人は この「こころ」を幾つの時に書いたんでしょうね
このような作家の書くことは とにかく偉い作家なんだからと 自分のような者
がわからなくて当然だしと そう思ってしまわなくていいと 言った人がいましたね
それでいいのかもしれませんが もう一つ 人には 推測して事実をつきとめたい
そういうところがあるのだと それ なんかいいですね
こころの動きと言いますか
話は変りますが 最近のこと 私はある人に「これはどうしてもあやまっておきたい」と
それはずいぶん昔の話なのに 思ったんです
それはそのときにはじまったわけではなく ときどき 思い出していたんです
そして そう思っていた矢先 その人に出会ったんです
もういまでなくていつ? というので その話をしたんです
そうしましたらね その人は 驚いたように 「おぼえてない」って言うんですよ
「それをずっと覚えてらしたんですか」と笑顔でその人は言いました
そのとき 私は この人が何に驚いているのかわかって ふむと思ったのです 
つまりずっと覚えている私に驚かれたのです そして こころというのは 不思議なものだと 思ったのでした
この話と関係ないですか
でも 少しずつ「先生と私」を読んでいきますと この話の筋に移っていくんじゃなくて自分の体験にむすびついていったりして 面白いんですよ
お客さんはどうですか



《 2019.02.08 Fri  _  読書の時間 》