「こころ」夏目漱石 先生と私 つづき
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先生と私とは博物館の裏から鴬谷の方角に静かな歩調で歩いて行った。垣の隙間から広い庭の一部に茂る熊笹が幽邃に(ゆうすい)見えた。
「君は私がなぜ毎月雑司が谷の墓地に埋っている友人の墓へ参るのか知っていますか」
先生のこの問いはまったく突然であった。しかも先生は私がこの問いに対して答えられないということもよく承知していた。私はしばらく返事をしなかった。すると先生ははじめて気がついたようにこう言った。
「また悪いことを言った。じらせるのが悪いと思って、説明しようとすると、その説明がまたあなたをじらせるような結果になる。どうもしかたがない。この問題はこれでやめましょう。とにかく恋は罪悪ですよ、よござんすか。そうして神聖なものですよ」
私には先生の話がますますわからなくなった。しかし先生はそれぎり恋を口にしなかった。
*
とにかく恋は罪悪ですよ。よござんすか。そうして神聖なものですよ
この言葉を聞いている若者 この言葉を そうかなあと聞いている ばあさん