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すすき一本

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1976年 日記から

ここでは 自分は大学をでてよかったかな
そう問いかけています。27才になってといかけているのです。

わたしは 大学に 兵庫の田舎から東京という町に出て(都会と言いたい所だけれども
その大学は東京の町田市の田舎にあった)
わたしは 都会に馴れている人のように 自由に東京を 電車に乗ってバスに乗って
移動する事はできなかった。田舎者だからだ。
そして 親から送ってもらうお金にしても 自由ではなかった。
それでも 親元でいるよりは自由であり あまりにも世間知らずである事にも驚いた。
しかし 友達に助けてもらうのも気詰まりであり つまりは自分で考えて 判断して
行動しなければならなかった。失敗はいっぱいした。恥ずかしいし こまった。

こんな事が書いてあるわけですが 
わたしは ここで 学生寮に入り 4人の先輩や後輩と なんとかやっていかなくてはなりません。
親元から離れるというのは こんな事から始まるのかなあと思います。
だけど こんどは 結婚して 子供を育ててみますと この経験が子供に
使えるのかと言いますと それは その子によるとも思います。
わたしは 経験が きっと子供にも役に立つと 思っていました。親元から
はなれて それから徐々に 自立して行くーーこれが 一番だと だれもが
思うでしょう?それができないと 親離れ子離れのおくれた どうしょうもない
親子だとね。しかし それにこだわっていたら 他の途を さがすのを 
やめてしまうでしょう?さしあたりってこともあるのじゃないですか。

27歳の日記からそのまま あるいていたら どうなのかなあ。 
自分は 子どもらに教えられるようにして 一本の途だけではなく 
他の途もあると はじめは 困った顔をして 徐々に 納得していった
ようです。
夫セイは 「なるようにしかならへんし」 そのうち「おさまるところにおさまるねんから」
そういいます。

何の話でしたっけ?
そうそう 上の絵は すすき一本 仲間は どうした のりぞー 

《 2018.09.19 Wed  _  日記(日々) 》