who am ?I

PAGE TOP

  • 09
  • 09

22歳のノート

スキャン3739.jpeg

22歳の 日記帳のなかは 今で言う 暗いものです
日記帳など 人に見せなくても おかしくはないのですが
わたしは みせてきたものもあります
ところが この22歳のは どうも みせようとはならないのです
そのなかで ひとつ 恥を忍んで 打ってみようかなと思うんですが
 *
自分は あの人のようには なれない
彼女は 人と話をする以外は暇で 何か外から 興味をひくものが
与えられるのを待っている
だから 彼女の所には 友達が毎日のように訪れ 退屈しない
その行動は 他から 影響されたものなのだ
ところが わたしときたら 自分からやることが すべてなのだ
毎日毎日 自分でペンをとり 自分で絵を描いている
わたしの毎日は 目的の すしべんとうみたい
いったい彼女と自分 どっちがいいんだろう
目的意識を持たない人は そのようにうまくつくられている
目的を持たないからといって 苦しむような事は おそらく 彼女の場合
ないんじゃないだろうか
まるまる太っていて ひまなとき つまり人が遊びに来ていないときは
お菓子を食べ ねてる
 *

こう書いたあと 彼女のような人はダラダラとした人生をおくる
と書いています

このともだちには 読まれたくない日記です
しかし いまの自分と 対面してみたくなるような 内容だと思うんです
わたしには とてもなれない 彼女のいいところが 
今69歳になったわたしには よくわかるからです
人生には目的を持って生きよう でしたっけ この事は いい事以外には
ないと 思い込んでいた 22歳の自分というのは どうなんでしょうね
彼女は いろんな友達と 笑ったりしながら喋りました 
友達も そこにいけば くつろげる 楽しいお喋りが待っていると 思ったことでしょう
学生時代に これといった目的も持たずに 楽しいおしゃべりをしていた人は 
もしかして 身につけた 相手との対応で その場に活気を もたらし 
商売上手になっているかも知れません
第一 こだわりがないから つぶしがきくのかも うらやましいところです

さて 日記というものは こんなふうに 人の見方にしても 変わっていったり
しているのを 確かめる楽しみがあります 
そしていっこうに
基本的には変わっていない自分に 驚いたりね
今頃のわたしは あのころとはちがって おかしなことを書いていないか
気をつけていると思います
それは 22歳のわたしには 少ないところです
で 22歳の日記は 見せられないのです(笑い)

 

《 2018.09.09 Sun  _  これくしょん 》