かもめ 太宰治
「噂では」と向こうのほうから、白状する。「ずいぶん、ひどかったように聞いていますが」「酒を呑んでいるうちに、なおりました」
「それは、へんですね」
「どうしたのでしょうね」主人も、客と一緒に不思議がっている。「なおっていないのかも知れませんけど、まあ、なおったことにしているのです。際限がないですものね」
「酒は、たくさん呑みますか」
「ふつうの人くらいは呑みます」
その辺の応答までは、まず上出来の部類なのであるが、あと、だんだんいけなくなる。しろももどろになるのである。
「どう思います、このごろの他の人の小説を、どう思います」と問われて、私は、ひどくまごつく。敢然たる言葉を私は、何も持っていないのだ。
「そうですねえ。あんまり読んでいないのですが、何か、いいのがありますか?読めば、たいてい感心するのですが、とにかく、皆よく、さっさと書けるものだと、不思議な気さえするのです。皮肉じゃ無いんです。からだが丈夫なのでしょうかね。実に、皆、すらすら書いています」
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この人は 同じようなことを聞かれるんだなと
お酒のこと 他の作家のこと(どんな作家なのかな)
他の作家が さっさと書けるのは 体が丈夫だからなのかな
太宰治は その時代に合わせた振りをしているのかもしれないから
本当におもっていることをしゃべったら どういうことを言うのかな
などと 自分は この作家に疑り深くなっていく
敢然たる言葉を私は、何も持っていないのだ
これは本当かもしれない などと
丈夫ではないということは あの時代に於いてはとても大きなことやった
というのがよくわかる
人は なにを基準に偉いとか 立派だとか その比重が 体が丈夫なこと
確かに丈夫は大がつくと大丈夫 さりとて(義父がよく書いていた)ほかにも
あるんだけど