「けったいなアメリカ人」米谷ふみ子著 集英社
ミラー、メイラー会談傍聴記 つづき
ヘンリー・ミラーはあのときより一回り小さくなっていた。ズボンがずり落ちないよう、開衿シャツの上でベルトをしっかりと止めており、まるで、糊のきいていない浴衣を着ているように見える。禿げ上がった頭部の縁に白い精力のない髪がしょぼしょぼとついていた。
息子のトニーが、ヘンリーと自分のガールフレンドを皆に紹介する。もう一人、ビキニを着た若い女性がいたが、いったい何者なのか見当もつかなかった。
ヘンリー・ミラーは見えにくそうに眼をしょぼつかせて、痰のからんだ深い声で、
「あんたは日本から?」
と私の方を向いて言う。
「わたし、ブルックリンから来ましたん」
「はあん、あんたブルックリンから来はったん?」
あれのブルックリン・アクセントは非常にきつく、わたしには大阪弁を喋っているように聴こえた。
パリに住もうと、カリフォルニアに住もうと、子どもの時についたブルックリンのストリート・アクセントは八十五歳の老人になっても残っていた。
照明係と、カメラマンが入って来た。トニーはこういうことには長けているらしく、
「いつもカメラの位置はここでね、食堂のテーブルに座って対談するのが一番よくカメラに撮れるんです。父は右の耳しか聞こえませんのでね、メイラー氏は向かって左に座ってもらわないと」
と説明していた。
一応、この食堂のテーブルを囲んで座ることになった。ミラーは車椅子に掴まって、椅子に向かってそろそろと歩く。皆に助けて貰ってクッションを二枚敷いた椅子に、やっとこさ座った。
私達は、もう一度自己紹介をし直す。何回しても同じことで、名前など聴いても右から左に抜けてしまうのだろうと思う。
私が彼の隣に座ったので、最初に、
「フミです」
と言った。
ミラー氏、
「何ちゅう名?」
私、大声で、
「WHO ME?(フーミー)と発音します」
「え、ゴミ?」
「ノーノー、フミです」
「ゴミ」
私をからかっている。前の夫人が日本人だったため、日本語の単語をいくつか知っているのだろう。
「ノー、フミ。ゴミはガーベジですよ。きっと知っててからかってはりますのでしょ」
遂に、ミラーは、
「フミ」
という。
***
フミ ゴミ ゴミのことはガーベジっていうんですね。
八十五歳になっていても このとおり(笑い)
フミさんが あれ ふみ子さんじゃなかったっけ? ふみ子さんがブルックリンなまりをこんどは大阪弁にして 訳しているところが おもしろいですね。
それにしても若いガールフレンド、ビキニの女性 ミラーですね。
*
さて かって私は 庭に赤い籠や いろんなものをおいて おもしろがっていました。
そうそう 子供に「この庭は 植物だけでなく虫達もこっそり住んでいる小さな村なのよ」そんなことを言ってました。
ときにみみずがはいだしてきて のびているときは 「ははん だれかに地中でやられて逃げて来たのね」とか「それとも地下では扇風機がないから 暑くてたまらんのかな」とか。で こびとの話は ほんとうです。あれ そんなにまじめに 私を追いつめないで下さいよ。ちょっと自信がなくなるじゃないですか。