舞踏 NEKO美術館発 2017
土方巽は「かまいたち」をやった人でしたっけ
秋田の田んぼできものをはだけて おどってるうちに そこにいたあかんぼうを
まるでさらったようにかかえて はしりまわって わらをほしてある「のき」にもよじのぼり
それは 本の中のグラビア写真で見たんですけど わたしは一部始終を見たような気分になったものです
赤ん坊は そのすぴーどに どうしてたのかしら? 母親は?
おおのかずおは(漢字が書けずに住みません)ちゃぶだいにすわって おたまかなんかでそのへりをたたきながら おかあさんを表現してた
それは自分が知っていること いままでとは ちがう
そしてギリヤーク尼ヶ崎は年老いてさらに 骨格を覆う物が うすくなり
でも 街頭で 人の見守る中 走ったり水を被ったり かけのぼったりしていた
何かすごいエネルギーが彼をひっぱりまわしているみたいだった
そして「おかあさーん」と子どものような声をあげていた
観客のなかには泣いたり叫んだりする人が結構いた
人の心のどこかを刺激したのだろう
ほら「見る人」って 「どういう所で泣いたの?」とそれぞれ聞いてみたくなる
暗黒舞踏とかいうんだそうな
でこの暗黒は だれがつけたのかな
ここにきて山下清の1ページが 読みたくなりました
いきますよ
「それなのにまだ放浪の癖がよくなおりきっていなかったので、三度くらい家をとびだしたのに、すぐつかまってしまって、とても日本で放浪するわけにはいかなくなったので、自分ではこれで悪い癖はすっかりなおったと思っている。それでも、もう放浪はしませんと約束してから三度もとびだしているので、世間はなかなか信用してくれないといわれた。ほんとうのことをいうと、ぼくはいまでも、自分のいきたいところへぶらりとでかけるのは、そんなに悪いことでないような気がするのですが、世の中には放浪ということは悪いことだというきめがあって、ことに外国では、日本よりもずっと悪いことにしてあるという話なので、外国へいくのが二度もだめになり、がっかりしてしまった。
ぼくは、日本国中ほとんど歩いてしまったので、どうしても外国を見物したいので、そのためにどんな約束をしてもいいと思ったら、もういちど式場先生が外む省という役所にたのんでくれることになった。どんなことをいってたのんだのか、ぼくは知らないが、先生に「ぼくは外国のことばをしゃべれないから、外国を放浪することはできません」というと
*
で 3人の舞踏家の話と山下清の話と関連づくのか わかりませんが
ひじをついて 「関連づけ」を考えるくらいなら 並べておしまいにしたら
今日のところは
そういうことになりました
ギリヤーク尼ヶ崎を描いたんですけど あかふんにしたら ましだったかも
おおのかずお 北海道出身 ギリヤーク尼ヶ崎北海道函館出身でしたっけ?
土方巽は?
さて 何日かするとすっかり忘れてしまう これらの話