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セザンヌの手紙

「セザンヌの手紙」ジョン・リウォルド編

中年期 つづき

 エミイル・ゾラ宛
      ムラン、1879年6月3日

 親愛なるエミイル。
 とうとう6月になったね。こないだ会ったとき、是非来いと言う誘いを受けたようにおぼえているが、ほんとに行っても構わないのかい?僕は今月の八日にパリに行くつもりでいるから、前もって君の都合を報せてくれれば、その時ついでにメダンへ立ち寄りたいと思う。もし君の都合が悪く、ぼくの訪問を他日にしてもらいたいようなら、その旨を折り返し報せてくれたまえ。
 実は先月の十日にブロオニュ街の君の家を田津寝たのだが、君が数日前から田舎へ行っていると聞いてがっかりしたわけさ。
 君はおそらく、過日僕がある種の用件でギイユメの許を訪問したことを知っているだろう。何でも彼は、審査員たちの冷淡な取り扱いから永久に僕を護ってくれるのだそうだよ。
 このたびは、国家と芸術について論じた小冊子を送ってくれてありがとう。こういう問題についていつかキャバネルも君と同じような意見を述べていた。ただし、彼のはもっと悲観的だったがね。この小冊子は、ギイヨマンが読みたがっていたから早速まわしてやった。天気が晴れるといいが、どうもこのぶんではいつのことやらわからない。こないだ川で水を浴びた。そう冷たくもなかった。
 奥さんによろしく。君の昨今の動静は「プティ・ジュルナアル」や「ラ・ランテルヌ」を読んで知っている。
 さよなら

***

カミイユ・ピサロ宛(パリ)1879年4月1日をとても短いので打とうと思っていたところがエミイル・ゾラあてのこの手紙になっていました。
ピサロ宛では「僕がサロンへ絵を持ち込んだというので方々から苦情が出ている矢先ですから、今回は印象派展覧会への参加は見合わせたほうがよかろうと考えています。それにまた、例の混雑にもまれて絵をいくつも運び入れる面倒を考えただけでいいかげんうんざりしてしまいますよ。それに第一、僕は数日うちにパリを引き揚げることになっているのですから。

***

このころのセザンヌはさんざんですね。「苦情」ですって?
おばさんはなさけなくなってきたよ。
あっこれはセザンヌの話でした。

《 2017.01.18 Wed  _  1ぺーじ 》