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パティ・スミス

「シャウト!金髪先生」ドリアン助川のロックで講義

パティ・スミス つづき 絶頂期からの転落、そして「Gone Again」

  さて、20歳で泣く泣く最初の子を里子に出し、単身ニューヨークに乗り込んできて「ニューヨーク・パンクの女王」と呼ばれるまでになったパティ。結婚して2人の子供にも恵まれ、幸せをつかみ取ったわけだけど、ここから先にも大きな転機を迎えます。女の子がシビレちゃうのはここからだね。
 94年、最愛の夫フレッドが心不全で急死します。パティにとっては8年間、自分が愛したパンクを捨ててまで愛しあった夫、新しい人生を歩ませてくれた夫、そして音楽も自分のためにたくさん作ってくれた夫だった。そんな相思相愛の協力者を失ってしまう。
 その直後、今度は弟のように可愛がっていたニルヴァーナのカート・コバーンが死んでしまう。さらに長い間パティ・スミス・グループを支えてきたキーボードのリチャード・ソウルも死んでしまう。そして、実は「Dream of Life」を発表した翌年の89年に、パティにチャンスを与えてくれたメイプルソープも死んでいるんだね。メイプルソープとはすでに別れていたけれど、パティのアルバム・ジャケットはほとんどメイプルソープが撮影しているから、おそらく別れてもいい友達だったんだろう。しかし、そんな理解者もすでにこの世にはいなくなっていた。
 さぁ、せっかくここまでやってきたのに、せっかく最初の子供を手放した苦しみ、悲しみから立ち直ってきたのに、自分を支えてくれた人々が次々にこの世を去ってしまった。おそらくパティにとっては人生最大のピンチだったろうと思う。しかし、彼女は考えるんです。
「たくさんの人たちが死んでしまった。でも、私にはまだ2人の子供がいる」。
 そう、確かに夫を含め、いろいろな人は死んでしまった。でも、自分が里子を出した子を含めて3人の子供を、3つの命を生みだしたことは事実だ。そのうちの2つの命は今も目の前に存在している...。そう考えてなんとか前進しようとするわけだね。
 そしてもう一つの事件が起こります。そんなこんなでパティが落ち込んで落ち込んで仕方がなかったときに、生んだきり里子に出した子供から29年ぶりに手紙が届く。恐らく里子の両親が実母=パティのことを教えたんだろう、そしてその子も新聞かなにかでパティが悲運のどん底にいることを知ったんだろうね。
手紙には「これからは友達になりましょう。私もミュージシャンをしています」という内容が綴られていた。
 これらを機にパティは失意のどん底からはい上がります。そして、96年にアルバム「Gone Again」を発表する。パティは気が付くと50歳になっていた。けれどもふたたび復活して叫び始めたんだね。
 この「Gone Again」というアルバムなんだけど、聴きようによっては非常に暗い作品と思われるかも知れない。でも、失意のドロドロから立ち直ってきた彼女の叫びというのは、きっと聴く者の胸を打つものがあると思う。
 そんな彼女のヒストリーを噛みしめながら「Gone Again」のなかに収められている「Summer Cannibals」を訳していこう。ちなみに詞は亡き夫アルフレッド・スミスが書いたものです。

***

「Gone Again」「Summer Cannibals」
Fさんの紹介してくれた曲の中に入ってるかなぁ。
パティ・スミスのヒストリーを読むだけで 十分感動してしまっている私ですが みなさんはどうですか?
多くの人々を知り 話し そういう仲間を持つパティという女性。
叫ぶための 要素が いっぱいですね。

大切な夫や 音楽仲間が 彼女を見出してくれた人が次々と亡くなっていく。
失意のどん底を 子どもたちの存在が救う。2人の子供と 里子に出さざるを得なかった子供からの手紙。

人はそれぞれに 立ち直れないようなどん底におちることがあります。
そんなときは長く 暗い 時代です。
一筋の光がさすのは 容易なことではありません。

このパティ・スミスの人生ストーリーの重さと その後の どれだけ続いたかも知れない暗い時代。子供の存在も光ですが 彼女が歌うこと 叫びながら歌うことをしてきたから救われたんですよね。

あなたは どうですか? まっただなかですか?
《 2016.11.02 Wed  _  1ぺーじ 》