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ミヒャエル・エンデ

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ものがたりの余白 エンデが最後に話したこと ミヒャエル・エンデ

「シュタイナー人智学の芸術観」つづきです

 とどのつまりは、ブルジョア的なバレエ観念なんですね。動作は異なりますが、その背後にある芸術観は、実のところ、バレエから取ってきたもので、優雅なものです。
 このヨーロッパ独特の美学は背骨が直立していることにあり、それが他文化の舞踏とは異なるところです。
 インドの美学の基本は、S寺形の線にある。インド人は直線を美しいと感じません。直線はたちまち折られてしまう。日本の美学でもそうなのは、言うまでもありません。日本の美学でゃ、膝がいつもちょっと折れています。いつも、こう、半分膝を屈めていて.....、ぴんと直立することがなく、いつも、地に向かう.....。
 能の特徴的な姿勢ですね。いつも身体を少し前へ倒し気味の姿勢です。それに、あの独特の歩き方。足裏がいつもぴったり舞台に付いていて、最後にぴくっと上がり、舞台を叩く。
 オイリュトミーではいつも...、それは(バレエの)「白鳥の湖」となんら違いがない。ロマンチックで優雅な観念なんです。それから離れることは、なかなかむずかしいでしょう。しかし、それから離れないかぎり、大したものにはならない。
 でも、いつかこれらが東洋から(西洋へ)戻ってきて、まったく違うものになるかもしれませんね。
 直線として感じることなのですが、日本人はだれでも、芸術作品には暗黒が必要だと知っている気がします。それに、鋭ささえも。

ー何から、そのような印象を受けられたのですか?
 
エンデ わたしが見たものは、能にせよ、歌舞伎にせよ、茶道に使う茶碗にしても、すべてがそうでした。
 茶道の茶碗も、優雅とはまるで異なるもので、日本人があれほど完全主義者だからこそ、そうなのです。

***

「このヨーロッパ独特の美学は背骨が直立していることにあり、それが他文化の舞踏とは異なるところです。」

「背骨が直立しているところ 優雅なもの 直線はたちまち折られてしまう」

そう考えるんですね エンデは。 「シュタイナー人智学の芸術観」 エンデはシュタイナーから多くのことを学んだといいます。生に対する考えそのものの決定的な礎石だと。
ところがシュタイナーの芸術思想は、どうしても受け入れることができないそうですね。
「暗黒が欠けている」と。
そうか、この暗黒、気になりますねぇ。私は日本の渋い色とか暗い色がいやだったんです
ずっと。

「シュタイナーの黒板絵」で「文化」の所を読んでみてるんですが 文化と芸術は違うのかとか もう初歩的な所からわかりません。「能と背骨のまっすぐなバレエ」ですけど この前かいた 「ひん死の白鳥」のあの体のまげかたは しなやかというか 


きょうのNEKO美術館はどんな作品でしたっけ?
そうそう これはね 何年も前にスケッチしていたものに まるで古い家を改造するかのように 手を加えたんです。未完成の好きな私がなぜそのようなことをしたのか?
それはときどきに生まれる 空間をうめてみたいという衝動です。
テープをはりつけたり木を植えてみたり そうするとなんとはなしに充実して来るのです。働いたなぁ なんてことも思う。そんな気持ちがやってくると 従います。
やっていて だんだん 気持ちがよくなるからです。

自由の身 自由の作品 これは無名的表現の特徴です。

さいならさいなら
《 2016.09.08 Thu  _  1ぺーじ 》