「木賃宿に雨が降る」高木護 未来社 1980
なつっこい狸
◯
前略
一筆、もうし上げます。
まことにすまんこといたし、こらえてつかわさい。
おぬしがはなしもうしていたジジガサコの、あのたぬき公を仕留めもうしたぞ。
わしの鉄砲玉などに当たるような、まぬけたぬき公ではございませんでしょうから、思うに、たぬき公のほうから、わたしの鉄砲玉に当たりもうしたのでございましょう。
おぬしにはまことに悪いことをしもうしたが、そのようなめぐり合わせならば、どうぞこらえてつかわさい。
たぬき公はよる年波にはかてもうさんと見えて、痩せさらばえていて、見る影もなく、ざっと一貫メもございませんでした。
では、また。
さらばでござる。
古里の猟師の亀田十五郎氏から、わたしはかかる丁重な雁書を落掌した。
親愛なる十五郎氏は古里では、わたしの一番の飲んべえ友だちだった。
猟が解禁になると、十五郎氏は鉄砲を担いで、村の往還を行ったりきたりした。
猟なら、奥山のはずなのに、十五郎氏の狙いはヤマドリや狸などではなく、話し相手や飲み友達のようであった。
十五郎氏の鉄砲撃ちは百発百中の反対で、百発一中の口もいいところらしかった。その証拠には十五郎氏の腰にぶら下がった獲物を見たものは、だれもいなかった。
して、このへたくそ鉄砲撃ちにとっ捕まるのは、山師の法螺吹き熊しゃんか、怠け者のわたしにきまっていた。
村の外れに、丁度いいあんばいに居酒屋があった。
十五郎氏にとっ捕まったら、そこへ引っぱって行かれた。
こうなったら、あきらめてコップ酒をつき合うしかなかった。わたしは村を出たり入ったりしていたが、そのころは村へ帰って、ジジガサゴというところで炭焼きをしていた。
ジジガサゴというところは、村から幾谷も這入り込んだ奥山にあった。
昼どきになったので、やれやれと弁当をひろげ、前方をひょいと見ると、狸がいた。
こっちを見ている。
黄っぽい毛色のやつで、きのうの狸のようだった。
翌々日も昼どきになって、わたしが弁当をひろげ使いはじめると、狸はあらわれた。
それを待ち構えてでもいるかのようだった。
首をのばして、こちらを見ている。
食い物でもほしいのだろうか。
それから、わたしは弁当と一緒に唐芋を持参した。昼どきになるとあらわれる狸に、「食えや」といって、芋を投げてやった。
そうしているうちに、狸は日に日になつっこくなってくるのか、わたしとの距離を縮めてきた。二十メートル、十メートル、五メートルというように。
見ると、若いのか老いてるのか判らなかったが()軽たんな顔をした狸だった。
だけど、しんから眺めやっていると、何ともいえない哀しい顔つきにも見えた。ひょっとしたら、わたしの先祖のだれかのなれの果てが、狸に化けているのかもしれないと思われてきた。
死んでしまった父だったら、どうしよう。わたしが唐芋を()って、狸に弁当を投げてやる日もあった。
そんなある日のこと、十五郎氏にとっ捕まって、いつもの通り村の居酒屋に引っぱって行かれ、コップ酒をやらかしたおりに、ジジガサコにあらわれる狸の話を肴にした。
「あの狸と、そのうち胡坐(こざ)で一丁、話でもしてみろだい」
「そら、よかの。そんときは、わしも連れて行ってくれ」
「三人で話すとも、よかな」
「わしが一升買うでの」
これはいまから十四、五年前の話だったが、あれから、間もなくわたしは村を出た。二、三年ぶらぶらしてくるつもりが、それっきり村に帰らなかった。
今回、十五郎氏に仕留められたというジジガサコの狸は、昼どきになるとあらわれたあの()軽たんな顔をしたやつだったろうか。
◯
ご無沙汰をお許し下さい。
この度は狸公をめでたく仕留められましたよし、まったくもって、大獲物であり、近来にない快挙といわなければなりますまい。
よしんば、その大獲物が運つたなく、わたしが近づきになりましたあのジジガサコの狸公でありましても、あなた様の慈悲ぶかい鉄砲玉に当たったのでしたら、あきらめざるをえません。
いや、以て瞑すべきでありましょう。
なお、大獲物を仕留められますよう、期待して止みません。
と古里の猟師の亀田十五郎氏に、わたしは謹んで返事をしたためたのであった。
***
高木さんが炭焼きをしていた時に出会った狸は「しんから眺めやっていると、なんともいえなおい哀しい顔つきにも見えた」とありますね。そしてご自分の先祖のだれかの成れの果てが、狸に化けているのかもしれないと思われてきた」「死んでしまった父だったらどうしよう」
私はつい笑ってしまったのですが そういうふうに思う高木さんのような人は 私の子どもの頃、大人でそういうことをいう人とか恐れる人がいて 私もついでに恐れたりしていたことを思い出しました。でもそこが狸に対するやさしさにつながっているようで なんともいえませんね。()漢字西に示が左でリが右です。高木さんむずかしいっす(笑)。
その狸がかって出会った「しんから眺めていると、何ともいえない哀しい顔つきにも見えた」その狸だったらーそう思いますよね。うちのねこも「何か悩み事があるのかなぁ」と思うような哀しい顔をすることがあったんです。悲しいじゃなくて哀しい。
高木さんの話には動物やへびや人でもちょっとさるのような人物が出てきます。
高木さんならではの出会いでだといいますか こんなにベールを被らない人は出会っても私は逃げ出すかもしれませんね。「人を差別してはいけない」いわれそうだな。
「狸公はよる年波にかてもうさんと見えて、痩せさらばえていて、見る影もなく、ざっと一貫メもございませんでした。」
さいならさいなら