「木賃宿に雨が降る」高木護 未来社 1980
風便り
風便りとかけて
あなたは 寡婦(かふ )になったかと解く
その心は
もっと便りを聞かせておくれ
わたしは家出同然で、下駄履きのままふるさとを捨てたが、あれから十四、五年も経ってみると、ふるさとの風便りはなつかしい。
風便りというのは、だれから知らされるともなく、聞かされるともなく、耳に這入ってくる噂話でもあろうか。それだからといって、一体だれから聞かされたのだろうか、ほんとうだろうかなどと、一々真偽のほどを詮索する必要もないだろう。
風便りを耳にしたら、せいぜいなつかしむことだと思う。
わたしのところにも、たくさんの風便りが届けられる。
村が町になったこと。
竹の谷部落の吉ヤンが尻けつから、めでたく町会議員とやらに初当選して、さっそくどこからかモーニングというものを仕入れてこらしたが、大男の吉ヤンにはちんちくりんのこと。
タブシバ水車が廃業したこと。
小川にセンペイという海魚に似た魚がいたが、農薬のせいか、全滅寸前とのこと。
ミス竹の谷部落のヨシベエが村に帰ってきて、ないしょ子を産んだこと。
ヒロベエがどまぐれムコどんに先立たれ、若後家どんにならしたこと。
山師の芳ヤンの中気にならしたこと。
ツンボ谷から、大鰻(うなぎ)のはいだしてきたこと。
亀ヤン、多ヤン、平ヤンのあの世に逝かしたこと。
ナムアミダブツーである。
十年一昔というが、ふるさとを捨てて十四、五年ともなると、あの終日眠りこけたような惚けたふるさとにも、様々な出来ごとが起こったらしい。
だけど、風便りだから、
ふふん
へえ!
ほう
そうかい
と頷いたり、たまがったりして、耳を貸してやるすべしかなかった。
竹の谷部落のヨシベエといえば、わたしには母親のほうの顔しか浮かんでこなかったが、町の人のように色白で、村には勿体ないような美人だった。それなのに後家どんのせいか、村では芳しからぬ評判を立てる人で、タコとかツボタン後家とか噂されていた。
タコとかツボタンとかいうのは、どうも男好きとか、男癖が悪いということらしかった。
ヨシベエも母親のように色白で、なかなかの美人らしかったが、母親の血まで受け継いだのだろうか。
ヒロベエが後家どんになったげな、という風便りを聞かされたとき、わたしはドキリとした。
ヒロベエとは他人ではなかった。
もし二人の道がまっすぐで、曲がりくねっていなかったら、わたしは炭焼きか山作百姓をやっていて、ヒロベエは()どんになっていてくれたかもしれなかった。ところが、ヒロベエは炭焼き男がきらいになったのか、広手の大百姓の嫁さんになってしまった。つまり捨てられたのは男のわたしのほうで、二、三年はおなごはみんな鬼のように見えてならなかった。それでヤケになったわけではないが、わたしは人夫になった。しかも、飯場まわりの流れ人夫に。
あのヒロベエが後家どんになったのか。
ざまみやがれ!といってやりたいのに、どうしたことか、反対にわたしの胸はときめいてくる。
風便りは怨めしい。
しかし、もっと聞きたい。
***
()はおんなへんに鼻です。よめじゃないし 漢字はかんじんなところでむずかしいですね。
この「風便り」かってそこに住んだことのある者には 「ふふん へえ! ほう そうかい」となります。
そしてその風便りなかには ヒロベエという かっては一緒に暮らしたことのある女性の話があったりして。このヒロベエはヨシベエ親子とは関係ないですよね。ベエという呼び方はまるで親戚か親子のように思えるのでね。
わたしも田舎で高校卒業まで育ちましたけど そして残念ながら美人ということではありませんでしたが 美人のことはこどものころからしっかり見ていましたね。 大人たちが噂するほどの美人のほかに 自分が見つけた美人 お化粧もそんなにしていませんでしたが美人は美人で(笑)。「おまえは男か」そうじゃないのですが。
高木さんはヒロベエに捨てられたといっていますが それから高木さんは炭焼きの仕事から人夫になりました。そして「ヒロベエは広手の大百姓の嫁さんになってしまった」
「二、三年はおなごはみんな鬼のように見えた」と。
それから高木さんは風の便りに 大百姓に嫁入りしたヒロベエは どまぐれムコどんに先立たれ、若後家どんにならしたこと。「どまぐれムコどん」もどういう人のことを言うのかなぁと考えましたが まぁ 人生はいろいろですね。
「風便りは怨めしい。
しかし、もっと聞きたい。」
そうですよね
そうそうちょっと恒例になりました NEKO美術館発の作品 見てちょう。
この長靴を持ってよだれを垂らす子供は きのうの孫の父親です。その手前にあるのは父の焼き物。蓮をお香入れにしています。わたしはその焼き物の裏を写してみました。
好きですよこういうことするの。こうするだけで面白く見えませんか?
そして石たち。
「風便り」ふむ 年月は人を父親にしたり おじいさんにしたり そんなことが風に乗って
さいならさいなら