who am ?I

PAGE TOP

  • 06
  • 02

現住所は空の下

現住所は空の下 高木護著 未来社 1989

一期一会 「山の和尚さん」

 身にしみる風もある。
 晩秋から、冬にかけて吹いてくる風は、特別に身にしみてくる。
「ほんにたい」
 つい肩をすぼめて、何かつぶやいてしまう。でなかったら、心や気持ちの有り様にもよるけれど、人恋しくなったり、食い物が恋しくなったり、淋しくなったり、泣きたくなったり、家の灯が恋しくなったり、じっとしていられなくなったり、わけもわからないことをわめきたくなったりもしてくる。
「なしじゃろうか」
 吹いてくる風に向かって、口をぱくぱくさせてみた。
「こぎゃんして、なんもせんで、ぶらぶらしとるけんじゃろうか」
 わたしはひとりごとをいった。
 辺りは夕暮れかけていた。
 暗くならないうちに、寝所になりそうなところを見つけなければならなかったが、それさえ大義だった。
「な、神様、どこでんよかですけん、ころがるとこば見つけてくだはり」
 地面ばかり見て歩いてきたので、気がつかなかったが、「神様...」と片手拝みをしながら、ほいと顔を上げると、目の前に灯が見えた。いま点いたかのようにちらちら揺れた。
 山ん中なのに、なんだろうと目をこすって、よく見ると、山寺のようだった。
「よかとこがあったばい」
 わたしは山寺に片手拝みをして、ついでに手刀を切った。
 山寺は歩いてきた道からしたら、少し高見になった所にあった。五、六段の石段がついているだけで、門も塀みたいなものもなかった。小さなお堂つづきに、小屋まがいの房(ぼう 小部屋)が建っていた。
「頼みますたい」
 両方に声をかけた。どちらにも聞こえなくてもよかった。聞こえなかったら、「ここば一晩、貸してくだはり」と断って、お堂の縁の下でも寝所にさせてもらうつもりであった。ところが、
「だれかいな」
 へんじが返ってきた。
「旅ばしょるもんですたい。日が暮れてきましたけん、お縁の下でも拝借させてくだはり」
 わしはぶらぶら歩いているだけなのに、旅の者だといった。
「旅の人かいな。ほんなら、難儀じゃろう。なんも持て成しはできんが、こっちで休みなされ」
 房に招き入れられた。
 房の中は土間があり、板張りと畳の二部屋きりで、板張りには囲炉裏が切ってあった。炉には茶釜と鍋が掛けてあり、湯気が立っていた。鼻をクンクンするまでもなく、鍋からおいしそうな匂いが漏れてきた。
 炉の前に、五十か六十くらいの和尚さんが、ちんと坐っている。まるで、子供みたいに小さかった。
「すみまっせん、お世話になりますたい」
 わたしは頭を下げる代わりに、合掌した。
「上がりなされ」
 和尚さんはにこりとした。
「山ん中で、なんもなかが、いまいも雑炊が炊けたとこ。あんたも食いなはれ」
 和尚さんはお椀と箸を渡してくれた。
「遠慮なしに、いただきますたい」
「たんと食いなはれ」
「ーはい」
 鍋の蓋をとって見ると、いもの中にめし粒が浮いていて、雑炊というよりも、いも汁といったほうがよかった。
 お椀に、貝杓子で掬って、啜った。
「あじはどうかいな」
「あもうして、うまかですたい」
 ぐつぐつと時間をかけて煮たらしく、とろりとしていた。
「甘いのはな、いもさんのおかげでな」
「いもさんかいた」
「ありがたいこつでな。なんまいだなんまいだ....」 
 和尚さんも歯抜けの口で、啜った、啜りながら、語り出した。
「ここはな、一年じゅうようさん風の吹きなさる。秋もな、冬もな、春になってもな、よう吹きなさる」
「山ん中だけでっしゅう」
 わたしは相槌を打った。ここらは熊本県と大分県の県境になる辺りであった。
「太か山に囲まれとる、こまか山ん中という地形もあるじゃろうな。ここん風さんは吹きなさるだけではのうして、はなしかけてもきなさる」
「風がはなしかけらすとかいた」
「風さんといいなはれ」
「いもにも風にも、さんづけばせんといかんとかいた」
「いもさんもな、風さんもな、どれも自然のおめぐみじゃろう。おめぐみにありがたかと、わしらは感謝せにゃいかんな」
「ーさんというてかいた」
 わたしは雑炊の四はい目のお代わりをした。
「でな、風さんはな、わしらに達者かいな、元気かいな、とはなしかけてきなさる。達者でなかったら、元気でなかったら、達者になりなされ、元気になりなされ、とはなしかけてきなさる。そして、元気づけても下さる」
「そんなら、ほんによか風さんですたい」
「朝夕のお勤めもな、わしがお経を唱えよると、風さんも唱えなさる。わしがなんまいだなんまいだ唱えよると、風さんもなんまいだなんまいだと唱えなさる」
 和尚さんは片手で木魚を叩く真似をして、もう片手で仏様を拝む格好をしてみせ、なんまいだとお経を唱えてみせた。すると、どこからとなく風の音がした。
 山寺のほうに吹いてくる。
「風さんの音がしてきたですたい」
 わたしは耳に手を当てた。何かいっているようにも聞こえてきた。和尚さんも耳に手を当て、
「風さんが何かいいよりなさるじゃろう。よう聞きなはれ。それでな、村ん衆はな、ここん寺を風寺といいよる」
といった。

***

ああ 長かったですばい。
こうしてこの話を聞かせていただいてるうちに じぶんも和尚さんに囲炉裏のところで風の話を聞かせてもらってるような気がしますばい。こげんながい文 打てるじゃろうかと心配ばしよりましたが しまいには 辛抱ばできる大人のような気分になりもうしたかいた。
あってますかいた?
《 2016.06.02 Thu  _  1ぺーじ 》