音楽と文化 河上徹太郎 創元社 昭和13年
フランクの続きです。
フランクは近世音楽史を通じて最も敬虔な基督教徒とであった。彼自身も無限の尊敬と愛着を寄せている大バッハのみ比肩し得る正當なる信者であった。彼の生涯を見ても、世の天才たちに見られるごとき生活上の情熱の奔放は全くなく、実に凡々たる経歴、日常生活しかなかった。初めノートルダム・ド・ロレット寺院で、次にサント・クロテイルド寺院でのオルガン弾き、それに毎日の慎ましい生活の資をえるための出教授、このふたつが彼の生活上の事件であった。そして音楽が神への讃歌であるという固い信念に生きる彼にとって、それは完全な喜びと満足とに満ちていた。彼はいわばこの世でそのまま修道院の感謝と賛美の生活をしているようなものであった。
フランクとオルガン。それは切っても切れぬ縁がある。彼が最も尊敬する先師大バッハの作品を飽かず奏し味わったのも、彼の生涯の大部分をこの前に坐って生活の資と神への讃歌の用を兼ねたのも、彼の重要な作品を専らそのために書いたのも、これらみなオルガンのためであった。実際フランクの人格はオルガンの前に坐って初めて完成されるようなものである。
しかもこの謙譲で厳正な楽器こそ、あらゆる楽器の中で最もフランクに似つかわしいものである。それにその才能をもってすれば、作曲の上からも楽壇的名声の点でも十分派手な
活気ある生活の出来るフランクが、この愛する楽器を限りない満足を覚えていたことは、隠遁的というよりはむしろ子供らしい情熱の素朴な現れとして、また人間の情熱の真の満足を知った叡智の人の所業として、わたしの眼には映じるのである。彼が最初ノートルダム・ド・ロレット寺院のオルガンをあてがわれたとき、彼は驚喜して、「わたしのオルガンはまるでオーケストラだ!」と叫び、また後にサント・クロテイルド寺院に転じては、そこの司祭に、「どんなにこのオルガンが私に嬉しいかあなたにおわかりになりますか?それは私の指に全く従順で、私の楽想のいいなり通りになるのです。」と語ったという。この天真な喜びこそフランクの音楽の謎を解く鍵である。
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ええっとフランクという人は バッハを尊敬していたんですね。それでバッハはオルガンを自ら弾くことができる人だったんですか?
フランクはこれによると 「オルガンが彼の指に従順で、楽想のいいなり通りになるのです」というほどの能力のある人だったんですね。
バッハは教会音楽を作曲していますが あのころのキリスト教信者は 生活から音楽までそれがすべてという強い信仰心をもった人々がいたんですね。それはひいてはバッハはいいオルガン奏者に恵まれたということであり いい時代にいたということではないでしょうか。
テープレコーダーなど無い時代ですから フランクの演奏ぶりをわれわれは聴くことは出来ませんね。でフランクは作曲もしたんでしたっけ?
ここにメモがあります。夫のタブレットで 朝聴かしてもらったのはリストのハンがリア協奏曲 いい曲でしたねぇ。 あんまり長いと思ったので まだハンがリア協奏曲?と聞きますと 「なにいってるんや バッハだよ」といわれました。
ブラームスはカラヤンが初来日ではじめにやった音楽家の名前でしたね。
こうして 音楽家のなまえをおぼえていって すぐ忘れるのが私の日々なのです。
さいならさいなら