
ボナール ヴェルノンのテラス 1920〜39 147x192cm
ピカソの時代にはおどろくほど いろんな芸術家が
パリ近郊で 現れています。「この絵はすごい」とルソーの絵をほめたピカソも
ボナールの絵はあまり評価していません。ここに週刊アートギャラリー「ボナール」2000があります。これはどこで手に入れたのかなあ。
20世紀の大半の期間、ボナールの画業は彼と同時代のマティスとピカソ(1881〜1973)のそれに比べて、否定的に評価された。「ボナールは1890年代の一時期にフランスの前衛芸術の先頭に立った後、郷愁を誘うような印象主義に回帰した」、というのが大方の見解だった。
彼がモダンアートの戦列から離脱したという見解を広めたのは、ほかならぬピカソであった。「ボナールのことは話題にしたくない」と、ピカソは語ったと伝えられる。「あれは絵画じゃないんだ、彼がやっているのは。彼は自分の感性を絶対に越えない。選択するすべがわかっていない。ボナールが空を描くとき、おそらくまずは青く塗る。まあそう見えるからね。それから、もう少しじっくり眺めて、そのなかにいくらか藤色が見えるので、藤色のタッチをひとつかふたつ加える.....。結果はどっちつかずの寄せ集めだ.....」。
ピカソにとってボナールは、要するに「真の "現代画家" では全くない」のだ。
穏やかでひかえめな前衛
ピカソの判断は、悪意と意図的な誤解に、ボナールのモダンアートに対する特異な貢献についての冷静な分析とが組合わさった、奇妙な混合物である。マティスとピカソに比べ、ボナールの芸術はたしかに穏やかでひかえめだ。ピカソがいったように、「シンバルの激しいさく裂がない」。彼の絵画が奏でる音楽はゆったりとして忍耐強く、めい想てきである。ーー本能的反応をかきたてるのではなく、深い思考を誘う。ボナールは自分の芸術と同時代の前衛画家たちのそれとのギャップが広がるのをよく承知していたし、ときには強い不安をかんじることもあった。しかし結局、歩む道が違うのだと悟った。彼は積極的に大仰な主張をする気はなかった。その作品は個人のパトロンのために企図され、ひとり静かに暇な折りに鑑賞されるべきものだった。
「ボナールは自分の感性を絶対に越えない」とのピカソの批判は、ボナールの芸術の核心とその現代性を皮肉にも言い当てている。初期から晩年の作品まで、ボナールの絵画はいつも、作品中における画家自身の存在ーー現実にであれ暗示であれーーをとりわけ強く主張している。
「描き手がそこにいることを、常に感じてもらいたい」と、彼は1937年に書いている。(中略)われわれ鑑賞者が加担させられているのは画家の視線だ、これらの作品は力説しているのである。この作者の強調こそがボナールと印象派を根本的に分ける点であり、印象派にとっては客観的で作者が見えない事が最高の美徳であった。
瞬時の印象をふくらませる
ボナールの制作方法もまた、彼の意識を作品の中に織り込むものであった。ピカソは、ボナールが印象主義のやり方、すなわち写生によって制作すると決めてかかっていたーーあるいは、決めてかかるふりをしていた。とんでもないまちがいである。ボナール自身が、そうした制作方法は不可能であることがわかったと認めているのだ。「わたしは非常に弱い人間で」と、彼は書いている。「対象を目の前にして自分をおさえるのはむずかしい」。主題の前で圧倒されることなく制作できるのは、イタリア盛期ルネサンスのティツィアーノのような極めつけの大画家だけだ、と彼は信じていたのである。ボナールは一貫して、主題の外観のみの表現をしないように務めてきた。
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ここでおもしろいのは ピカソは当時ボナールの作品を評価せず その理由も言っています。マチスにおいては「ピエール・ボナールは巨匠か?」とフランスの美術雑誌カイエ・ダールが論文を...「こだわりのない安易」な好みの人々に受け入れられた存在としてかたづけた美術雑誌でしたが かたやマティスは「ばかな!わたしはピエール・ボナールが今日、そして永遠に偉大な画家であることを保証する」と。
そして今ではボナールのモダンアートへの寄与がはっきり再評価されている。彼は複雑な構造と色彩の調和の達人として、つまり、もっぱら同業者たちにアピールする画家としてだけではなく、感情にゆらめく、きわめて私的な絵画空間の創造者としても浮上しているのである。
こういうふうにして 芸術は進化していくんですね。いろんな意見が出て新たな見方が出てきたりするんですね。
ボナールの絵は振り返ってみると 多くの印象派ともちがってるようだし ナビ派はどうでしたっけ? それよりひとりのボナールという人をじっくり知ることは 興味深いことです。
それでも どうです この激しい競争。 ボナールは「わたしは非常に弱い人間で」と言ってましたが いつか周りに左右されることなく じぶんの世界にいることをよしとするようになるなんて そこはいいですよね。 この競争の中で芸術家たちは まわりに新しいのが出れば 心休まることがなかったかもしれませんよね。
ピカソでもボナールでも本にはいろんな事が書いてあります。
さいならさいなら