パブロ・ピカソ<羊飼いと山羊(牧歌)>1946年 フランス・リーマン・ロブ・アートセンター所蔵品点 府中市美術館のポスターより 2008
「キュビズムに向かう前夜」の続きです。
ともかくも、、<アヴィニョンの娘たち>からピカソ独自のキュビズムが出現したことは事実であり、彼の役割が絶大であったことも議論の余地がない。ブラックのキュビズム
との違いは、スタイン女史の言を借りると、フランスのキュビズムとスペインのキュビズムということになるのかもしれない。ところで、ピカソは、1909年の夏、スペインのホルタ・デル・エプロに滞在したとき<フェルナンドの像>や数枚の風景画を描いてパリに持ち帰ったのであるが、それが、急激に新方法を結晶させた<分析的キュビズム>の作品であったといわれる。フェルナンド・オリヴィエの『ピカソとその友達』もスタインの『若きピカソのたたかい』もまたパールの『ピカソ芸術の50年』も、この点では回想が一致している。分析的キュビズムの時代は、1912年にピカソがモンマルトルからモンパルナスに移る時期までつづいた。ブラックとピカソのアトリエが形体の分析と解剖の工場に化した時代で、<本をもつ婦人>(1909年)、<婦人の頭>(1909年、彫刻)、<マンドリンをもつ少女>(1910年)<アコーディオンを弾く男>(1911年)、<マ・ジョリー>(1911年)等々の代表的な作品が多数制作されている。
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ここで見たかったのは<フェルナンドの像>(1909年) 『ピカソとその周辺』フェルナンド・オリヴィエ著ではいくつかピカソが描いたオリヴィエの顔があるんだけれどもこの1909年のオリヴィエはどこにあるのだろう。
そうそうキュビズムの話でしたね。今回のピカソの作品はキュビズムらしい絵ですよね。でもええっと1909年から37年ぐらいたって この絵<羊飼いと山羊> なんか見たことなかった絵のせいか この人の顔とか背景とかなじまんわー なんてこというとおこられるかな
さいならさいなら