現住所は空の下 高木護著 未来社 1989
一期一会 「光り男」
その日も、ぶらぶら歩いていた。
米も麦も、味噌も持っていたので、四、五日は食い物の心配はいらなかった。
わたしはぶらぶらのぶらぶらと歩いた。米もあるある、麦もあるある、味噌もあるあると歩いた。ありがたいありがたいなと歩いた。
宮崎県と鹿児島県の県境の辺りになる、カヤの原っぱの道だった。原っぱをぬけると、どこか村か町かに出るだろう。そうしたら、そこから、海の方へでも行ってみるか、とぶらぶら歩いていたら、「あいや」
と声をかけられた。聞こえないふりをして、通り過ぎようとしたら、
「あいや、待たれ!」
カヤの原っぱの中から、またも声がした。
「身共でござるかな」
相手のまげことばに、わたしも合わせた。
「さよう」
「身共に、何か用でござったか」
わたしはぶらぶらの足をとめた。カヤの原っぱに目をやったが、声の主は見えなかった。
「はて、どこに、おいででござるかな」
「ここじゃ」
「こことは...」
「いまあらわれるから、待ちなされ」
カヤの原っぱから、小男がぱっと面を出した。一瞬、猿に見えた。わたしは見なおすために、目をこすった。
***
おもわず高木さんのやりとりに笑ってしまいました。
息子とこのやりとりを やってみたくなります。「ぼくらの百年戦争?」宮沢りえも出ている。そこにお爺さんが出て来るんです。なんていうんだっけなあ。息子はこの映画を何度も見ても飽きないらしく セリフまでおぼえているそうです。
わたしはここだけじゃなく 高木さんの方言でのやりとりとか まるで時代劇のようなやり取りが おかしくて 猿のような人が現れて来るのも 見えるようです。
「身共に、何か用でござったか」