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交野日記

『フーフー通信』1986

交野日記

 しばらくして戻ってきて、「いま江坂のゴルフ場に行ってるらしくて電話通じなかったわ」といって、しばらく壁の絵を見てたけど、「また来るわ」と、そのまま出て行ってしまった。最初に、二点欲しいなあ、といっていた絵の買う約束もせずに出て行ったので、僕は、なんや、ひょっとしたらただのひやかしだったのかな、と思わないでもなかったのだ。
 男が出るのと入れちがいのようにして、僕の友人から紹介されて来ましたという人がやって来られて、「この絵、買わせていただきます」
 と、サッと一点決められた。
 その絵というのは、さっきの人が欲しいなあ、といっていた絵のひとつである。一瞬僕はためらわないわけでもなかったが、あの男はひやかし客だったのかもしれないと思っていたので、この方に売る約束をした。
 ところが、またしばらくして、あの男がやって来た。
そして、自分が欲しいといっていた絵の下に貼った題名書きの紙に赤丸が付いているのを見て、
「えっ、この絵、売れたの!?」
 とびっくりした顔をして、「どうしてくれるの!?」というではありませんか。
 結局僕は、先にしっかり約束してくれなかったので売ってしまったのだと弁解したけれど、 「しょうがないなあ。うーん。同じのもう一度描いてくれる?」
 とこの人はいうのである。
「同じの。うーん、同じの描いて描けんことないけど、この絵の場合、筆のタッチがその時の気分で描いた絵だから、どうかなあ。油絵にしたら新しい気分で描けるかもしれないけど」
 今度の個展で出した絵は、紙にガッシュ(水彩の一種)で描いたものばかりだ。筆あとの残さない平ぬりの絵も多いのだが、そんな絵だったら、二枚でも三枚でも同じように描ける。僕は正直に答えたつもりだった。
「油ね、うーん、油絵でね。何号ぐらいかね?」
「二十号くらいだったら、迫力出ると思いますけど」
「二十号ね、二十号。....よし、それにしよう!二十号で油絵!」
 もうかった!と内心僕はとび上がった。商売一軒きまった!ほんとうに今回の個展は調子がいいぞ。
 この人はこのあと、この会場は何時に終えるのかと訊いて、終わったらここへ電話しておいでと、紙切れを僕にくれた。紙きれには、「辰巳」というこの男の名前とスナックの名とその電話番号書いてある。

***

「二十号ね、二十号。....よし、それにしよう!二十号で油絵!」
我が家は 貧乏画家の夫と4人のこどもがいた。そうそう妻と犬のミッキーも。
こんな僕に この話は すごい!
つづきはいずれまた
《 2016.02.16 Tue  _  エッセー 》