『現住所は空の下』高木護著 1989 未来社
この本んを出された時の 高木護(たかぎまもる)さんのことはこう書いてあります。
熊本県に生まれる。学歴というほどのものはなし。敗戦後、九州一円をぶらぶら歩いたりもした。上京、ものを書きはじめる。何冊かの詩集、エッセイ集などがある。もうかなりの爺さんなので、やがて野垂れ死にするであろう。一人だと覚悟している。
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はじまり
きみのいいところはと問われても、こたえられそうにもない。どう贔屓目(ひいきめ)で見ても、わたしにはいいところなど一つもなさそうである。短所や悪い癖はと問われたら、たちどころに二十や三十はこたえられる。それをいつかだったか、退屈まぎれに書き並べたら、百くらいあった。いわく、能なし、不器用、気みじか、かんしゃく持ち、尻切れとんぼ、無思考、おっちょこちょい、調子者、楽天的、職なし、よって収入なし、大酒飲み、ぶらぶら好き、あなたまかせ、投げやりなど、こういったことであったが、自身の欠点とはいえ、まあよくもあるわい、たいしたものだと笑い出してしまった。ぶらぶら好きというのは当てなしで、気楽に気ままにゆっくり歩くのが好きだということだったが、ぶらぶら歩きつづけたら、放浪ともいえるし、浮浪ともいえた。私がぶらぶらをはじめたのは戦後すぐからで、そのとりこになったのは昭和三十年になってからであった。
九州一円をぶらぶら歩きつづけた。
なぜ、そんな阿呆をやったのかといわれても、これまたこたえられそうにもない。何かこたえたとしても、それはいいわけになるだろうし、あとからの理屈づけになったしまう。それでも、あえてしょうじきにいえば、職なし、病弱、小心、気弱、怠け者というだけではなく、生きて行く方策も見つからず、すかり途方にくれていた。年は三十にもなったというのに、なんというざまだ。一体、、わたしとはなんだろう。何者だろう。この世になんのためにうまれてきたのだろう。わたしみたいなできそこないのろくでなしは、まだ人間のうちに這入らないかもしれないが、人間とはなんだろう、と急に気になりだした。だからといって、考えてみたところで、この能なし頭ではこたえが出そうにもなかったので、さしよりぶらぶら歩いてみることにした。ぶらぶらの理由といったら、それくらいのもので、実に短絡的というしかない。
それまでにも、ぶらぶらをやってきた。熊本市をぶらぶら、鹿児島市や指宿の辺りをぶらぶら、人吉市の近辺をぶらぶら、久留米市や柳川の辺りをぶらぶら、福岡市をぶらぶら、筑豊のボタ山や小さな町や村をぶらぶらした。それは二、三日だったり、十日くらいだったり、二、三カ月だったり、一年だったりで、けものたちのように山ん中に住み着いたり、駅をねぐらにしたり、木賃宿や人夫宿の厄介になったり、大土管や公園のベンチをねぐらにしたりして、まことに気まぐれなくらしぶりであった。
今度こそはという思いがないではなかったが、ぶらぶら歩きだしたとき、わたしの持ち物は身につけているほかには、小鍋一、褌(ふんどし)一、タオル一、切り出し一、布袋一、帳面と鉛筆各一、釣り糸と釣り()各一の入った風呂敷包一つしかなかった。
「いざ、出立っ!」
わたしは元気づけに、号令をかけた。
ぶらぶら歩きながら、きょうはどこへととか、どこまでとか目当てをつくるまい、出たとこ勝負で、足まかせ、風まかせにして歩いて行こうと思った。疲れたら休み、眠くなったらころがり、腹がへったら何か食べよう、食い物にこまったら、通りがかりの農家に頼み込んで、百姓仕事でも山仕事でもさせてもらって、食い物を稼がせてもらおう。山でも、湖でも、川でも、町でも、海でもいいから景色のいいところがあったら、心行くまで、飽きるまで眺めてやろう。もしもおもしろい人物たちに出合ったら、話を聞かせてもらおうと思った。
「ぶらぶらの、ああ、ぶらぶら」
わたしはつぶやいてみた。ぶらぶら歩きは所詮、ぶらぶらでしかない。ぶらぶら歩きから、多くのことを得ようなんて思ってはならぬ。ぶらぶら歩くことで、自分を鍛えなおそ
うなんて思ってはならぬ、と自分にいい聞かせた。せめてぶらぶら歩いているうちに、ぶらぶらのリズムやコツさえ覚えてしまえば、ぶらぶらも楽になってくるだろうし、たのしくもなってくるだろう。そうなったら、しめたもので、行き当たりばったり、木でも、石でも、道でも、風でも、山でも、海でも、夕焼けでもいいから、わたしとは何か、人間とは何か、問いかけてみるのもいいだろうと思った。
***
こうして高木さんの年齢を数えてみると今90代でしょう。
これは戦後の話です。帰ってみればご両親は亡くなっていて 体はぼろぼろで働くこともままならない状態の中で こうした生活が始まりました。
「ぶらぶら」歩く。「ぶらぶら」するという言葉もありますが 「ぶらぶら」歩くのは実はそうしたことのない者にとっては大変なことに思えます。
高木さんの持ち物は小鍋一、褌一、タオル一、切り出し一、布袋一、帳面と鉛筆各一、釣り糸と釣り()各一、ざおかなあ、読めないんです。それだけのふろしき包み。
リュックの方がよかったのになあ などとよけいな想像をしてしまったり。
「わたしとは何か」「人間とは何か」木でも、石でも、道でも、風でも、山でも、海でも、夕焼けでも 問いかけてみる。ーー
「わたしとは何か」何なんやろ。だいたいも しっかりもわかりません。
ただ高木さんのこの本を読ませてもらっていますと その体験の中にあるものが結果的に「わたしとは何か」のような気がしました。これだけやとあっさりすぎますか?
そしたら わたしもこれからも振り返る中で 「わたしとは何か」結果的に見つけてみますね。そして木や石や道や風や山や海や川や夕焼けに 問いかけてみますね。