『コレクション瀧口修造』 みすず書房
1991の続きです。
私も描く
私が最近「絵を描いている」ことについて何か書くようにと求められてから毎月のばしにしてきて、こんどはどうしても書かねばならぬ羽目になった。
ほんとうは、描くということは、私にとって書くことの何分の一かの代償になっているはずなのである。だから、自分が描くことについて何かまた自分で書かねばならぬということは、気の重くなることである。
もっとも、私がデッサンをはじめた動機にのなかには、文字を書くことと同じところに置こうといったような暗黙の意図があり、これは私にはひとつの大きな課題なのであるから、デッサンをしているときの精神状態のメモのようなものをとって、それを私の「文章」のいとぐちにしたいと思っているのだが、そのノートはとかくブランクになりがちであるし(言葉が置き去りにされる)、まだ発表をするような段階ではない。また発表をすべき性質のものではないのかもしれない。こんなことを書くと、描いていることが何かだいそれたことのように思われるかもしれないが、そんなものではない。ともこかくそういうわけで、私はここでは私のデッサンについて誰にもよく話すようなことを書いてみたい。
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この「私も描く」はこれから話は進んでいくわけなんだけど、「批評家」の瀧口さんが
そろりというか 自分は描くことを仕事にはしていないのだけど 描いてみようとしていることに 面白いと思いました。
私は子供の絵を(自分の子供の絵だけど)コレクションしてきました。そういえばおおげさだとしたら 集めてきたというところでしょうか。その子等がいまは大人になっているのだけど この瀧口さんの文のはじめのところで そのことを強く思ったのです。
子供の絵はそれこそ幼児のときからはじまります。それは一般的にいうだろう絵のかたちをとっているわけではないのですが。そろりとたよりない。なんだこれは とゆびと鉛筆の間におこったできごとに 不思議がったのは 子供ではなく(それを聞いてみたことはなかったし、言葉があまりつうじなかったのです)この私でした。
その入り口辺りは 私には新しい星がうまれる瞬間に思われた(笑)なんて親バカかも。
それって たよりない 風に飛んで行ってしまいそうな「誕生なの?」と。
瀧口さんは かなりのじいさんになって(若かったらすみません)から入ったのでよけいに 入り口から それを 喜んでいる。(そうみえるのだけど)
しかし 何度もいいたくなるんだけど 入り口はなんともいえないほど その人のものなのです。
こうしていくら熱っぽく語っても そこにあるものはたよりないのひとことにつきるんだなぁ。夢中になるのは それを発見した私。
瀧口さんの「私も描く」の本の入り口の文章に しつこかったのはやはりこれを読み始めた私に過ぎないんです。
瀧口修造さんは1903−1979 76歳で亡くなっています。
1960年万年筆で文字でない線描を走らせる。57歳の時です。その楽しさを分けてほしいなあ。
さいならさいなら