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シューベルト

『音楽と文化』河上徹太郎著 創元社 昭和13年の続きです。

シューベルト

シューベルトがなぜ歌曲を書いたか?それは彼が子供の時ボーイ・ソプラノとして評判をとった外に、特に因縁がある訳ではない。ただ彼が豊富な旋律に恵まれていたので、それを最も生かして歌曲につかったこと、彼の即興性が歌曲に適していること、などがそうさせたのであろう。しかも彼の音楽は決して本質的に声楽的であるとはいえぬ。バッハ以来の近代的ドイツ音楽が本質的に器学的であるなかでも、シューベルトの音楽は特に器学的である。つまり彼の旋律は美しいけれど、それは楽理的にいってあくまで和声音楽的な旋律である。
つまり四部の和声をもって陰()付けられ和声的な楽器で伴奏されるのを前提し予想した旋律である。そして和声音楽は本質からして器学的なのである。すなわちシューベルトの歌曲は、肉声と言う楽器をもって演奏される器楽曲なのである。
 それよりもシューベルトが歌曲を書く傾向を育てたもっと切実な理由は、私はそんな音楽的な理由ではなく、人間的な気質から来るのだと思う。彼の時代は華やかなりし時代で、そこでは青春を歌い、恋を歌った。そして若い友と打連れて野や森を放浪して感激を歌い、酒亭で盃をあげて芸術を語り、人生を讃えた。こういう生活の中に音楽が入り込むとなると、やはり直接で親しみよい歌曲が一番適切に違いないのである。こういうことはつまらない理由のようで、シューベルトの場合には決してそうではない。彼の歌詞の選び方を見ても、決して詩として立派なものを選ばずに、放浪とか水車小屋の美しい娘とか、とにかく自分の実生活上の気持ちにぴったりとしたものを選んでいる。そしてそれを若い親しい友達のグループで歌い合うと言った目的がどうしても先に立っているのである。

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そうですか シューベルトは青春をその器楽曲と歌で謳歌したんでしょうね。
「すなわちシューベルトの歌曲は、肉声という楽器をもって演奏される器楽曲なのである」「それは人間的な気質から来るのだと思う」「彼の時代は華やかなりし時代で、そこでは青春を歌い、恋を歌った。そして若い友と打連れて野や森を放浪して感激を歌い、酒亭で盃をあげて芸術を語り、人生を讃えた」そんな時代だったんですね。そんなときにはそれにあったものが生まれたということなら 私にもよく解りますよ。

さいならさいなら
《 2016.01.23 Sat  _  1ぺーじ 》