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1ぺーじ

『音楽と文化』河上徹太郎著 創元社 昭和13年


ベルリオズ
 
 近代の音楽史を繙いて(ひもといて)見ると浪漫派音楽家といわれる人は沢山ある。否、バッハ以後二世紀半の音楽史のうち、その主流をなすものはドイツ音楽であり、ドイツ音楽の主流をなすものは浪漫派音楽であった。すなわちベートーヴェンの音楽に対する劇的、人間的な要求が次第に音楽を古典的な形式主義から浪漫的な情緒主義に導いてきたのを契機として、シューベルト、シューマン、メンデルスゾーン、ワグネル、リスト、ブラームス等の浪漫主義者が輩出して十九世紀ドイツ音楽の正統を形作った。それに並んではパリを第二の故郷としたポーランド人ショパンを初め、グリンカを祖とするリムスキー、コルサコフやチャイコフスキー等のロシヤ国民楽派の人たちもやはり浪漫派と呼んで差し支えない。ただしこれらの人が浪漫主義者だといえるのは彼らが音楽家であるからである。すなわち彼らの音楽が浪漫的なのだ。ところがこれに対し魂のそこから、その知的生活や日常生活の中から浪漫的であった音楽家は、まづエクトル・ベルリオズに指を屈しなければならない。また一方フランス音楽の伝統の方からベルリオズの位置を一瞥してみよう。今述べたように近世音楽の主流はドイツ音楽によって占められていたが、フランスではバッハの少し前にラモオやクープラン等の優れた音楽家がいた時代があった。バッハすら彼らに影響はうけているのであるが、しかし彼らの伝統はそのため途絶え、十九世紀の中頃はフランス音楽と言えばマイエルベールとかオーベルとかいうイタリー歌劇の伝統を汲んだ歌劇作者の天下であった。そのときフランス作家が出て順音楽のために気を吐いた。一人はベルリオーズであり他の一人はセザール・フランクであった。

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私はこの『音楽と文化』河上徹太郎を読んでいて 横にあのRosemary Brownnの『詩的で超常的な調べ』をおいています。わたしはこうした音楽史をほとんど知りませんので この本はベルリオーズが出てくると その像を見て 『音楽と文化』とてらしあわせてみるのです。
『超常的な調べ』ではリストをはじめ浪漫派の音楽家が出てきます。シューベルト、シューマン、メンデルスゾーン、ワグネル、ブラームスなど。リストがそれらの音楽家たちをRosemaryのところにつれてくるわけですが その音楽家たちはみんなあの世の人たちというわけです。そういえばメンデルスゾーンは出てきませんか。どうしたんでしょうね(笑)  しかしそんなあの世とこの世を仲介してくれるRosemary も亡くなりました。

「その知的生活かや日常生活の中から浪漫的であった音楽家は、まづエクトル・ベルリオズに指を屈しなければならない。」と河上徹太郎さんは書いていますね。
Rosemaryはこんなことを書いていますよ。
「私はベルリオーズをとてもよく見かけます。というのも、彼はリストの最も親しい友人の一人みたいだからです。私は彼らがこの世でも仲良しで、一時はパリで一つのアパートをいっしょに使うほどだったと考えています。当時リストはパリでいくつかのリサイタルを開き、ベルリオーズはある新作に取り組んでいました。リストは私に、それは(トロイラスとクレシダ)という作品であることを教えてくれました。しかし私が理解した限りでは、このオペラ(あるいはそれはオペラでなかったのかもしれません)は完成されなかったか、あるいは一度も演奏されていないかのどちらかです。リストは、ショパンに対するのと同じくらいベルリオーズと仲良しのように見えます。」
まだまだこの話は続くのですが 

さいならさいなら
《 2015.07.22 Wed  _  1ぺーじ 》