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1ぺーじ

『詩的で超常的な調べ』霊界の楽聖たちが私に授けてくれたもの
Rosemary Brown著 2014年発行です。
ちょうど「1ぺーじ」でショパンをやってみているので この本の中の「ショパン」を。さてどういうことが書いてあるのでしょう。


 ショパンは私が2番目に会った作曲家で、彼とはリストを通して知り合いました。彼は作曲家たちの計画に沿って本当に献身的に音楽を提供しています。他者を圧倒して最も多くの作品を捧げてくれているリストを別とすれば、私は他のどの作曲家よりもたくさんの曲をショパンからもらっています。もちろん、リストと同様に彼の作品のほとんどがピアノ曲なので、完全なオーケストラのための作曲を好むベートーヴェンなどに比較すれば、彼の曲を楽譜に書き取ることは私にとって容易なのです。
 リストがはじめてショパンを連れて来たとき、彼は「わが友、フレデリック・ショパン君だ」という風に、だいぶあらたまった紹介の仕方をしました。するとショパンはとてもていねいにお辞儀をして、「初めまして」と言いました。
 それから私はピアノの前に坐り、傍らのリストとともにあらたな曲に取り組みましたが、その間ショパンは後ろの方で静かに立っていました。最初の二、三回は、彼はそのようにただ見ているだけでした。彼はそのとき行われているすべてのことにとても熱心に耳を傾けていました。やがて私は、彼は私との意思疎通の仕方をリストから学んでいるのだという印象を持つようになりました。
 彼等が何度かそのような訪問を繰り返した後のある日のこと、私が何小節か音符を書き留めている間に、彼等が英語で話し合っているのが聞こえてきました。
 ショパンは独特のかなり強い訛を伴って、「とても気立てが好さそうだね、君のイギリス娘は」と言いました。
 リストは私に気を配ることなく、「うん、彼女はとても優しいよ。でもちょっとお馬鹿さんなんだ」と答えました。
 リストは私が彼等の会話を聞けることを承知の上で、私をからかうつもりでわざとそう言ったのでしょう。それに対して私は何も言わずにいましたが、心の中で「彼の言う通りかも知れないわ。彼等に比べれば私はたぶんお馬鹿さんでしょうから」とつぶやきました。
 それから何日かして彼等はまたやってきました。そのときリストが私に与えようとした作品は、書き取るのがかなり難しそうな曲でした。ところがたいへん不思議なことに、私は簡単かつ明瞭に音を把握でき、その曲に関してはむしろ仕事がはかどったのでした。
 すると突然ショパンが、「君のイギリス娘だけど、彼女はそんなにお馬鹿さんじゃないね」と言ったのです。リストは笑いました。彼はむしろ喜んでいるかのようでした。そのとき私は、きっとショパンは私とうまく仕事がやれそうだと判断したのだろうと思いました。リストの難しい作品に対処できるだけの聡明さがあれば、ショパンの曲だってききとれないことはないはずです。私をお馬鹿さんだとするリストの発言にもかかわらず、そのときを境として、ショパンは私に自分の曲を与えるようになりました。

***

きょうはこれぐらいにしますか。
このRosemary  Brown という女性は亡くなっていますが1916年イギリス・ロンドンに生まれました。1964年から1980年代末にかけて、いわゆる音楽霊媒として活動。リストやショパンをはじめとする霊界の大作曲家たちからピアノ小品を中心とするたくさんの「新曲」を授かっていると主張し、イギリス内外の各種メディアに取り上げられて物議を醸す。音楽の素人であった彼女が主に口述筆記によって受け取ったという楽曲は数百に及び、その一部はレコードに録音され、楽譜として公刊された。またその自筆府は遺族によって大映図書館に寄付された。本書以外の著書としては1974年のImmortals at
my Elbow と Look beyond Today(いずれも未邦訳)がある。
これが著者紹介です。

ショパンのことを河上徹太郎さんの本で読んでいく中では 他にもなにかショパンのことが手元に見つかれば 読んでみようと思ったりします。私はこいうことでもさして興味があった訳ではありませんが 自分から知りたいと思うと 読んでいても楽しいもんですね。 私は今66歳ですが えっ66歳だからなんなのだ?ときどきこんなふうに書きかけて次に何を書くのか忘れてしまうことがあるのです(笑)こまったもんですが 続きをお楽しみに

さいならさいなら

《 2015.05.14 Thu  _  ちまたの芸術論 》