はじめて登場します。東京で「
Tのおじいちゃん」とよんでいた親戚の人です。学生の時 私は義姉さんのところに 産後の世話をしにいくように親から言われました。
母が行けなかったからです。しかし使いもんにならなかったです(笑)。料理はできないし 掃除洗濯 11階の布団干し。なにもかもが初めてに近かったのです。ひとつの家庭の中に入って こういったことをするのは 私には 大変でした。 Tのおじいちゃんは義姉さんのお父さんです。
孫の顔を見によく来ていましたが 「おい のりこ 大丈夫か」と てぎわの悪い私のやりかたを見ていて 笑っていました。 母に「もうだめやわ」と手紙を書くと 「あんたそんなことじゃだめよ」としかられました。 そんな私も大学を卒業して 大阪で就職しました。 ときどき仕事でおじいちゃんは東京から来て 声をかけてくれました。 当時はそんな親切もめんどくさいと思っていました。 今はこうして手紙を読んでると いい人だったんだなあと懐かしく思い出します。
これは私が結婚したばかりの頃の手紙です。1977年のはなしです。「のりこ独特の家庭」というふうに書いてありますが どうとるかというと あのころの料理のうでまえなども含まれており おじいちゃんも苦笑いしてたというわけなのでしょう。すでに二人のこどものいるこの結婚生活は 「実戦」という感じでしたよ。「おいのりこだいじょうぶか」そんな声が聞こえてきそうな 生活が始まったのですから。 短い手紙ですが 読んでみて下さいね。
*
楽しい生活ができてなによりです。
大いにがんばっていい家庭を造って下さい。
年が改まってのりこ独特の家庭が出来たらお邪魔する。
おじいちゃんが好きなご馳走をちゃんと勉強しておくこと。
ご主人によろしく申し上げて下さい。
52、12、22
のりこご夫人 様
T
おたよりおまちしてます。これは天国でくらしてるおじいちゃんですから無理ですね。おじいちゃん だいぶんましになってきたでしょう。でもあんなできない子供が子供を育てるような運命になったもんですから 苦労の連続ですよ。見守ってくださいね