『印象派時代』 福島繁太郎著の続きです。
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ヴァン・ゴーグ(我が国ではゴッホとも書かれている。1853年生)の絵画の確立も、ゴーギャンの理論の確立と同年、1888年、アルル時代である。
ゴーグの性格は熱狂的、光に対する感激もモネーよりいっそう熾烈(しれつ)にして、モネーの自然の写実の姿を捕捉せんとする自然主義より一転して、自然に対する自己の感情を表現せんとする主観主義に移行した。
彼は印象派の単純にして迅速なる技法を踏襲したが、筆触は筆太の線となり、この線に托して彼のはげしい感情を表現した。印象派の光線分解に由来する筆触分割とは意味を異にするものとなった。
色彩も形態もともに単純化して、簡潔にして峻烈なる表現を求めたのは、浮世絵版画に影響を受けたるもののごとく、また色彩の階調には無関心で、ただコントラストのみをもって色彩の均衡を保たしたことや、明暗の調子を無視して光を色彩におきかえて表現したのは、西欧にあってきわめて異端的といわねばならない。
モネーの印象主義に対する訂正または反動としてみるべきセザンヌ、ルノアール、ゴーギャン、スウラーなどの人々が、いづれかの意味において、古典をかえりみているのに、ゴーグひとりはクラシックなところがない。
またスウラーが光に対する興奮を理知によって統制せんとしたに対し、ゴーグは光に対する興奮を更に進めて熱狂にまで高めたのは正反対というべきである。
モネーの印象主義、印象主義の進展、訂正、反動と見るべき、セザンヌ、ルノアール、ゴーグ、ゴーギャン、スウラーなどが1875年頃より1900年頃にいたるまでの画壇の主潮をなし、互いに相容れないないかのごとく見ゆるセザンヌ、ルノアール、ゴーグ、ゴーギャン、スウラーなどのもろもろの芸術理念の進展または反動として起こりたるものが、次の時代の芸術すなわちエコール・ド・パリの芸術である。
ここに付言したきは後期印象派(ポスト・アンプレッショニズム)という言葉に就いてである。後期印象派とはセザンヌ、ゴーグ、ゴーギャン(人に寄ってはルノアールも入れる)を一括してさすものであるが、これらの人々はそれぞれ異なった理念のもとに制作したことは前述のごとくで、各個の間に共通のものは見出しがたい。ただ等しく印象主義より蝉脱したという事実の他には共通のものはなく、一つのものより数個に分かれたものであるから、これを一括して後期印象派とよぶのは、あたかも同一理念のもののごとき誤解を与えて種々の混乱をきたすことになる。故に現在フランスではポスト・アンプレッショニズムという言葉を用いる人はいないが、日本では後期印象派という言葉をしばしば耳にする。私は不適当としてこれを使用しない。
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いやあ こういう評論家の人と話をしていたら 窮屈で息が詰まりそうですね。
でも一生に一度ぐらいは 真面目にこういう話と向き合ってみないと あかんのではないかと。今我々が知っている「ゴッホ」はこの本の中では「ゴーグ」なんですね。
「後期印象派」という言葉は 夫せいからも聞いています。
というのも、私はセザンヌもルノアールもゴッホもモジリアーニやスーラも印象派で そのうちどうかしたらピカソのところまでいってしまうのです。 それは若い頃画集で出会って 自分が影響を受けた画家たちは その印象派のつもりなのです。そういうと 夫せいは必ず 「君は何も知らんな。それは後期印象派、ピカソは別よ、もっと後」といわれるのです。
で、つまりここを読めば そのことがわかります。モネーという画家が印象主義なんです
が この人に対して訂正、反動としてセザンヌ、ルノアール、ゴーギャン、スウラーがいてそのまた進展、反動として次にやってきた芸術家たちがピカソなんですよね。エコール・ド・パリ。そして後期印象派とはこの人にいわせるとポスト・アンプレッショニズムなんだそうです。
芸術の歴史は訂正と反動のくりかえしですね。
「ゴーグはクラシックなところがない」と著者は言いますが ゴーグは古典絵画を模写していますね。ところが題材は古典から来るものであっても その描きかたはゴッホ以外のなにものでもない そんな感じじゃないですか?
「ゴーグは光に対する興奮を更に進めて熱狂にまで高めた」この考え方は 今の評論家はどうとらえるんでしょう。
その時代の画家たちがそれぞれにどっか印象主義の影響を受けていますが 元来絵は自分が描こうとしたものの表現ですから その主義にはめ込むだけのものじゃないでしょう。
こういう評論家の人の書いていることは 画家とその絵画の歴史を整理できると私は思いました。画家たちは その歴史を振り返ってみれば たとえその時個性を出そうとしても
おおきな流れの中にいたのです。歴史というのは その前と後ろがあります。それはつながってもいるのです。1875年から1900年頃の時代ですね。日本は文明開化の時代です。「ざん斬り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」なんて長く続いた江戸時代はおわり 日本は西欧の文明を取り入れようとしており、江戸時代の浮世絵などがどんどん西洋に渡って行った時代です。そのころは日本人は浮世絵をそんなに大事に思っていなかったかも知れませんね。ところがむこうではゴーグなんかはその浮世絵に夢中になった。
面白いですね。
この時代の文字は 私にはつまずきやすいです。漢字もよく使ってますね。だからそのままうつすことはやめました。自分にわかりやすいように漢字を仮名にしたりしています あしからず。
さいならさいなら