『ピカソとその周辺』フェルナンド・オリヴィエ著 佐藤義詮訳の続きです。
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ピカソのアトリエ
ところで話をピカソに戻そう。彼は当時それもむしろたまにだったが、それだけの余裕がある時に飼うことにしていた犬を一匹養っていた。彼にお金があって、威勢良よく出かけて行く時には、いつも気軽な冗談から、犬の為にお金を卓上において行ったものだ。
ピカソはいつもいろんな動物を飼って、大変可愛がっていた。でも彼らはしばしば自分で食物をあさらなければならなかった。彼らはすぐにいろんな食物を見つける術に通じてしまった。ある日、飼い猫の一匹がかなり太くて長い腸詰めを口にくわえて引きずるようにしてアトリエの窓から帰ってきた姿が、今でも目に見えるようだ・・・それをその猫が自分だけで食べたのではなかった。
ピカソのアトリエ!世にも珍しいものだった!一歩足をふみ入れるや否や、家具などはほとんどないのに、どんな計略を用いれば室内へ入れるものやら分からなかった。扉を開くと、アトリエに通じるかなり広い一種の入り口があった。扉の正面に小部屋があった。
ああ!もし読者があのアトリエを、そしてその中にある種々様々な使い古した道具類をご存知だったら。旧い赤さびたストーブは「御用を勤めた室内ストーヴ」と言う物々しい
名前をつけられていた。途方も泣く大きな鉄製の大洗面器は、いつも溢れるほど一杯に汚水をたたえていた。祈禱所であると同時に物置で、熱心な礼拝堂にもなれば、また時にはもっと粋な役目をも果させられた小部屋の床板は半ば腐っていた。ある愛する女の記念に建てられたこの礼拝堂は、彼女の胸にどんな真情を吹き込んだことだろうか?ピカソは当時母親の血筋を引いて、イタリアが起源の神秘思想を抱いていた。記念?おそらくそうだろう。だがむしろ洒落(ものごとにこだわらないこと)であり、皮肉であり、自嘲だったのではなかろうか。その部屋にあったとても美しいペン描きの肖像画は、その後ある展覧会で盗まれれて不幸なことになくなったしまった。
とても目の細かい白麻の仕事着が、堂々たる青磁色のルイ・フィリップ時代の二個の花瓶の隣に懸かっていた。その花瓶には、セザンヌならきっと持っていたような造花がさしてあった。なおマックス・ジャコブは、家の装飾に役立つ品物を探し出す点に関しては発言権をもっていた。
アトリエは夏にまると、まるで竃(かま)のなかのような暑さで、ピカソも友人たちも全く気楽ななりをしていたことも珍しくなかった。かれらは半裸体で、腰の周りに薄絹をを巻きつけただけで客を迎え、少しも口をきかないのだった。
それにピカソはこんなふうにしているのが好きだった。そして彼の肢体のしなやかなことは誰一人知らないものはなかった。彼は小さな手とアンダルシア人のような足をもっていたが、それが自分でもかなり得意だったようだ。彼はまた、少し短くはあったが美しい線の脚がすくなからずご自慢だった。肩幅が広く、どっちかというとずんぐりしていたので、完全な姿というには、幾センチメートルか足りないのを、彼は残念がっていた。
冬には、このアトリエはとても寒くて、茶碗の底に残っていた前の晩のお茶が翌朝には凍っていたほどだった。ピカソはこんなことに少しも辟易しないで、たゆまず製作していた。
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ピカソは動物が好きだったんですね。それでも犬や猫に食べ物を十分与える余裕はありません。で猫はどこからか長い腸詰めを口にくわえて引きずってきた。猫ならやりそうだな 近くにそんなものがあれば。しかしいいものを猫は持ってきましたね。
ピカソのアトリエをあますことなく書いたオリヴィエですが 「御用を勤めた室内ストーブ」や途方もなく大きな鉄製の大洗面器、ピカソの部屋はたいへんな臭いだったんでしょうね。いやあ こんな中で 数々の作品が生まれたんですね。
マックス・ジャコブがピカソの家の装飾係。
超暑くて超寒いピカソの部屋。そんな中で製作を続けたわけですね。
後のピカソの生活ぶりを見ても たとえば・・と書きかけて こんな人を分析するほどピカソのことまだ知らないと笑ってしまいました。この本はまだ半分もいっていません。オリヴィエはこの後どんなことを教えてくれるのでしょう。
オリヴィエはこの段階ではピカソのことほめています。
ピカソが自分の身体のことを言ってるところも興味深いですね。結構こだわっていたりしてね。
「ピカソは当時母親の血筋を引いて イタリアが起源の神秘思想を抱いていた」どんなものだったんでしょう。この部屋に神秘がやどる何かがあったのかしら?
「彼は小さな手とアンダルシア人のような足をもっていたが、それが自分でもかなり得意だったようだ」 ピカソの絵のなかで 大きな手がたびたび登場している。指も手のひらも異常に大きい。この小さな手のことが得意だったということと、このでかい手とはどうつながるのかしら?聞いてみたかったな。
「それだけ余裕がある時に飼うことにしていた犬」つまり飼えなくなったら その犬はどうなっていたのかしら? 犬のレンタサイクル あるわけないですよね。
さいならさいなら