『印象派時代』福島繁太郎の続きです。
いやあ 昔の漢字が多いこと!そのとうりには打てません。こうしたこの本の中にある絵は全部白黒です。さあいってみますか。
*
クロード・モネーの印象主義こそ近代絵画の鼻祖である。当時、科学のすばらしい発達により産業は機械化され、ひいて社会機構はすべて改変せられる情勢であったから、科学思想の浸潤は社会一般にいきわたり、芸術の分野においてもその影響を蒙り 実証的に傾いて、文学に於いては自然主義、絵画に於いてはリアリズムの擡頭(たいとう)となった。洗練された都会人であるマネーは、クールベのリアリズムを継承するものであった。ただマネーはフランスの自然は決してクールベの如き暗いものではなく、光の支配の強い明快なるものであるを知り、「草上のデジュネ」の示すが如く、光に特別の関心を払った。
クロオド・モネー、ピサロ、シスレー、セザンヌ、ルノアール等の一群の青年画家は事実主義に傾いて、風景は屋外において直接対象に向かって制作するを常としていた。しかるに屋外の光線は従来の絵画に現れたる光とは大いに異なるものなる事を知って、その表現に苦しんだが、たまたまマネーの「草上のデジュネ」の明快なる色調を見て大いに感激し、この一群はマネーの周園に集まるようになった。カッフェー・ゲルボアの集団である。
この生年画家群の一人であるクロオド・モネーは、ピサロと共にロンドンの美術館にて、多数のターナーの作品を見て、その光のひょうげんと色彩とに大いに示唆を受け、自ら悟る所があったが、これに確信を与えたのはプリズムの光線分解であった。
モネーは探求の歩みを進めて自然をすべて光に還元して、光波のごとく振動する華麗な風景画を制作するに至った。印象主義の発見である。
***
マネー、私にとって マネーはモネと間違う名前でしかありませんが 印象主義の先頭にいる重要な画家だったんですね。
事実主義という言葉が出てきます。画家たちの主義です。その一群の青年画家たちはモネー、ピサロ、シスレー、セザンヌ、ルノアールですが 「風景は屋外において直接対象に向かって制作するを常としていた。でも屋外の光線は従来の絵画に現れる光とは異なっている」ことがわかってその表現に苦しむのですが このときにマネーの「草上のデジュネ」の明快なる色調を見て大いに感激し マネーの集団に集まるようになるのですね。
マネーという人はまだまだその前の クールベとかの画家たちの影響からはじまっています。「明快なる色調」はその前のクールベの頃はもっと「暗かった」んですね。
私は印象派の画家たちの絵が 描きやすいと考えていました。「なにをこしゃくな若造が」ですが クールベみたいな絵 そうやすやすと描けますか?マネーの絵だってむずかしそう。 影もかたちも 絵画の伝統と技術を学んでいないと とどきません。 それにくらべると印象派は 色は明るいし 原色だっていける。 そのうちクレーなんかになると もっと簡単に描けそうな気になってきます。そうなれば外に出て光の変化を気にする事も無いのかもしれません。
だから 私は印象派の画家たちの集団を実家かなんかのように慕い続けていました(笑)。それはずっと変わらずです。
しかしながら、やっぱり「マネーとモネ」 しっかり間違えてたのです。 打った後、夫せいに偉そうに説明していくうちに「あんた それマネーとモネ間違えてるんとちゃう?」と云われてあわてて 打ち直しました。ン もう!
しかし ややこしいですわ。
さいならさいなら