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『印象派時代』の続きです。

 エコール・ド・パリの絵画を考察するに、それのみを切り離して考える事は困難である。その以前の時代、即ち印象派時代と密接に関連して考えなければならない。
 蓋し(けだし)エコール・ド・パリは印象派時代の理論的発展、若しくはその反動とみるべきからである。 一面印象派時代は近代フランス芸術の上昇期であり、エコール・ド・パリはその爛熟期、頽廃期(たいはいき)と見るべきであるからでもある。 故にエコール・ド・パリに就いて述べんとするには、勢い印象派時代にふれなければならない。
 印象派時代とは年代的に云うならば、明確に決める事は困難だが、1874年から現代絵画の端緒であるフォーブの運動の起こる迄、即ち1904年頃迄である。
 この時代に活躍した作家の生年をしらべてみれば、1840年前後の人を第一期とし(モネー1840年、ピサロ1837年、セザンヌ1839年、ルノアール1841年、ドガ1834年、ルドン1840年) 第二期の人はゴーギャンの1848年、ゴーグ、1853年、スウラ1859年等でロートレックの1864年を最後とする。
それ以後は現代に活躍した人々である。

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私は 美術大学で美術史の講義を受けているみたいです。
こたつに入って コーヒー飲みながら 勉強できるなんて 恵まれていますね。
私は印象派の画家たちに影響を受けています。その画家たちの画集から始まり 父が買って来た小さな画集に絵の具をつけながら育ったのです。ところが第一期はだれとだれで 第二期が誰なのか よく知りませんでした。
 
それにしても ゴッホのことをゴーグって言ってたんですね。「馬鈴薯を食う人々」を描いた画家だから間違いないわけですが。
ロートレックで印象派は最後だったんですね。 ピカソは セザンヌを絵画上の親のように考えてたといいますし ロートレックと同じような絵も描いたことがあるピカソは印象派に引っ張られつつ 後に新しいところに進んで行ったんですね。 セザンヌは印象派におりつつも 次につながる芽を持っていたというわけなんですね。
私は ピカソのように新しい事をやってこました(なんちゅう言い方なんや)人は 前の画家たちの作品を全否定して 突き進んでいったのだと思っていました。
ロートレックとピカソに関しては 経済的な事が大きかったんだと思ったり。想像していくと 新しい事は認められる迄は その作品は売れません。 でもその前の印象派の感じだときっと売れたんだと思うんです。 時代は変わってもこの順番は変わらないのです きっと。 普通に考えると わかってくることってあるんですよね。 

今日の勉強はこれまで。 さいならさいなら

《 2015.03.24 Tue  _  ちまたの芸術論 》