『外骨という人がいた』赤瀬川原平 白水社 の続きです。
虫眼鏡着用のこと
この本は前にも言いましたようにTさんに借りた本なのです。 ちょっとタバコ臭いもののTさんがこれを大切にしてこられたというのは よくわかります。 で、私はこの本をおさえつけたりしては「いけない」と用心していたのがきのうです。でもそのいましめはすぐにとけて、「きょうはちょっとおさえるぐらいでプリントアウトしてみっかな」となるのです。あしたは「うわてなげ」ぐらいしかねないのが私なのです、はい。
この本は自分が外骨になって読んでみるとすこぶるなのです。「私の本は珍本」と思うだけでアウトサイダーになったようでうれしいもんです。機会がありましたらそのてのクセのある方はおためしください。
「ハート」という外骨編集の滑稽新聞社が出した雑誌です。(新聞なのかな?)
明治四十年発行です。うちのお父ちゃんや植草甚一さんが生まれた前の年ですね。
「聞き忘れたなあ」、お父ちゃんやお母ちゃんに「そんな新聞あった?」って。どこかいかがわしい感じか、学校の先生だったお父ちゃんは知らない、きっと。「その華やかな色刷りのどこかに何か怪しげなものの潜む感じに、何かしらただごとではないものがあるのだった。」そうか。
牛乳に黒ごまのはいった甘い飲み物は、栄養がありそうでも これはてごわいでーす。外骨には関係ないですが、わたしが小学生で学校の給食にこれが出たら、泣くなあ、毎日。それに氷を入れて、買った責任をとって飲んでいます。(責任感が強いのです)
「雑誌の最後(雑誌なんや)のところに、お婆さんの顔があって、そのお婆さんのしゃべる言葉が活字になって載っている。それを読んで笑ってしまった。」ここのところを。
● 此ハートは高等小学校の生徒に見せるように出来て居るといふから、孫にやろうと思って買ってきたが、孫ばかりでなく、うちの嫁も息子も面白い雑誌だと云って読んで居た。又此間遊びに来た理学士の米田さんも、此雑誌は大層よく出来て居る、私等も知らない事を集めてあると褒めて居られた位であるから、余程の物知先生が熱心になってこしらへて居るのに違ひない、ドレ今度は満州へ行って居る大山の金さんにも送ってあげやう
できればそのお婆さんの顔をここに載せてほしかったな。
あしたは続けられているかな。 さいならさいなら