『超芸術家 赤瀬川原平の全宇宙』の続きです。もう「トマソン」でおしまいにしたいくらいトマソンはトマ損でありわたしには大受けなんですが、せっかく日本の超芸術なんですから次のあたりまで読んでみたいと思います。虫眼鏡のご用意を!
ときは1960年前後、町は60年安保闘争で騒然としていました。赤瀬川さんの作品はいわゆる絵画から立体作品、オブジェ作品に移行していった。そしてさらにその静止物体から、概念のアクション、ハプニングに辿りつくことになります。(前)
路上にはコネクリまわした作家の作品なんかより、もっとただそこにあるだけの純粋な物件がころがっていました。そしてそれらは無用であればあるほど純粋で美しいのです。
しかも難しいのはその純粋性は、ステレオ写真の立体視が目の力を抜かないと上手く交差して浮き上がって見えてこないのと同じように、気張っていては発見出来ないのです。
赤瀬川さんが発見した氷川神社の「愛の狛犬」を探しに赤坂に向かいました。そして境内から水飲み場の裏まで結構広い敷地の中を探しましたが、見つける事が出来ませんでし
た。担当編集Aに電話すると「あ、赤坂じゃなくて、あ、麻布ですよ」......氷川神社は麻布にもありました。肩をおとして参道の階段を降りて戻ろうとする時に見つけたのがこの狛犬です。設置されたときにはそうでもなかった樹木の枝がドンドン伸びて自信で支えられなくなって狛犬のほうに倒れてきました。切るべきか、否か?狛犬は自分の頭で支えるほうを選びました。ゴチーン。立派な態度だと思います。
まだまだ路上には出会いと発見が有ります。老現学は関東大震災をきっかけに始まりました。赤瀬川の活動もそのおりおりの時代に影響されています。2011年の震災を経験し、20年の東京オリンピックに向かう今、僕たちは僕たちなりの路上との関わりを見つける事が出来るような気がします。
老現学ー路上観察の視線の源は、破壊と再生の谷間の原点に隠されているようである。(『路上観察学入門』)(後) ホンマタカシ
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アクション、ハプニングに辿りつく?
のりばあのハプニングはチマチマしてるかもしれませんが、まあ聞いてやって下さい。これは路上観察じゃないですよ。チマチマ作るということから1ミリあたりと奥に行くのですが。
ある日、紙ねんどを買いました。 ふくろをあけて紙ねんどを取り出すと、真っ白な分厚い白い物体でした。それをこわすのがもったいない気がして、しばらくながめていました。それは雪を切り取ってきたようでもありました。とうふのようでもありました。かってはこのかたまりをちぎって団子のように丸めたりもしましたが。
その立体の上に二本の線をひいてみました。その上におもちゃのSLを置くと線路です。
その立体の上にガラスの破片をコップ一個ぶん突き刺しましょう。きらりと氷のようでもあります。 髪飾りをピンとともに紙ねんどがカチカチになる前にさしこんだれ(ちょっと!)。
この行為は今もごろごろ箱の中に残っていたり、アトリエにあります。いっぱいだすと「屋さん」になりますから、一個だけ、まるで偶然転がっていたように置く。こねくりまわしてはいないでしょう? こういうことも現代アートにするには、それなりの学にせなあかんわけですよね。赤瀬川さんは仲間もいた。わたしには、「ねこのムラカミ記者」や夫せい(少ないか)。ところがここにおいて強い味方がやっと現れました。
ホームページステージです。
赤瀬川芸術のひとつの到達点、「梱包作品」。これに関してはですねえ、わたしは(またはりあおうとしてる)ええっと。 スーパーでビニールのふくろロールの他に新聞紙が置いてあるところがあるんです。ここだけ(じぶんが行ってるスーパーでは)なんです。 ここでわたしはにんじんをくるむ時、とうふをくるむ時、くるまれたものになんか感じるんです。「表面がおおわれ中は見えない、でも確実にその中には何かがある(何か知ってますけどね)見えないものを見るというコンセプト。」なーるほど、こういう学を作家が持つというところまでがアートの話なんですね。ただもくもくとやってると学からバカにされそうですね。 新聞紙でつつむと、なんか気持ちがいいのよー、それは学でいうとどう表現すればいいかしら? 「手と物との感触関係学」
老現学はこれは歴史があるんですねえ。 宮武外骨(どう読むんですか?)、今和次郎・吉田謙吉。
町中には転がっているのです「トマソン」が。人も転がってるに数えてもいいのかなあ。観察学。超芸術の構造を構築する学、しかしこういうことはなんか男が似合うなあ。ここのところだけ男したかったなあ。探検隊。「純粋階段」→「超芸術」→「トマソン」 いいなあ、学には→段階があって(階段じゃないんや)。超芸術家は「述べたくなる集団」なんだな。
「芸術少女からその芸術が拡張しオブジェ作品を作るようになり、概念とハプニングで静止物体作品自体も作らなくなった涯に路上と出会うのです。(あの、すんません、ちょっと自分にもあてはめてみたくなったりして)もちろんのりばあには幼少から種々の事情で鍛えられた観察の目がありました。芸術家というのは、まず自己を確立させなければならないのです(なるほど)、人に認めてもらえません。(ふむ)更に続けていくにはそのせっかく築いてきた自己表現を乗り越えなければならないのです。」(ふむふむのふむ)
(ここで、発見!ちょうど遊びにきた人と赤瀬川原平のこととか篠原有司男のことを一緒に話してて、「老現学」は「考現学」の間違い違う?と言われました。でもそれもおもろいんちゃうの、とのことで、書き換えるのどうしょうかな。どっちにしてもまだ意味が分からんのです)
「赤瀬川さんは路上と出会ったことで、それまでの自己を乗り越え、そして解放されて本当の意味で自由になったのだと思います。 それは後にベストセラーになる「老人力」(筑摩書房)や、「優柔不断術」(毎日新聞社)にも繁がっているのだと思います。」(優柔不断ってそんなにええやつやったんか!)
そうか本当の意味で自由になる、つまり、純粋階段をあがったりおりたりしながら、外骨さんに影響されたりして、赤瀬川さんは自由になったのか。 私も「トマ損」しながら「→」しながら「考現学」と「老現学」を間違いながら自由になっていってるのだな。
赤瀬川さんは芥川賞とっていたりしてるので、「謙遜」というものが通用するのか。
「力を入れた後、力をぬく」「力をぬいた後、力を入れる」似てるけど、どうかなあ。何の話?
私はよく「フェイントのアートです」などと言ってたこともあったっけ。 「なんせよくわからないんです」それを力まずにこっそりと言ってみる、いやあ、「謙遜」に至るまでの道のりは険しいなあ。
ネオダダイズムだって?
もうこれぐらいにしょうかな。さいならさいなら(いや、のりばあはわからんよ)